投稿「生活資金運動」で、資本の新たな階級的攻撃への反撃を
西島志朗
「中小企業を為替ヘッジに使うな」
日本商工会議所の小林会頭は、日本経済新聞のインタビューを受けて、次のように述べた。「中小企業の輸出比率は3%ほどで、特に製造業では原料を輸入して大手に部品を納める下請けの図式だ。大企業は円安で海外資産の含み益も得られるなど総じて業績がいい。しかも中小企業から部品を円で買っているので為替リスクは負わない。結果的に大企業は中小で為替のヘッジをしている」「大企業が十分な価格転嫁を認めないために、中小が高めた生産性が吸い取られている」「企業数で99・7%を占める中小企業が良くなれば日本の経済も良くなるのだから、これは大企業の社会的責任だ」(日経8月17日)。
中小企業を代表する経済団体のトップとして、小林の発言は「正論」というべきだろう。「生産性の低い中小企業を淘汰すべき」と公然と主張する大独占企業の代弁者(経団連や経済同友会)に対して、「価格転嫁を認めず、生産性が上がらないようにしているのは親会社だ」と反論しているのである。かつて問題にされた「日本資本主義の二重構造」は、大独占の利潤率確保のために新たに「再生産」され続けている。中小企業で生み出された剰余価値は大独占に移転していく。「人手不足」が深刻化し、中小企業は賃上げをしなければ必要な人材を確保できない。しかし、賃上げのための原資は、親会社に搾り取られている。
ここ2~3年、輸入原材料の価格上昇を理由に、最終消費材の販売価格が引き上げられてきた。「コストプッシュインフレ」などと言われているが、独占企業は、一方で原材料の上昇コストを中小企業に押し付けておいて、もう一方では販売価格を引き上げて、つまり消費者の負担増で、自らの利潤を確保している。これが「インフレ」の実態だ。独占・寡占企業の典型的なやり方で、30年来の「低価格競争」を終わらせることが可能となった。誰を犠牲にして、何のために、「デフレからの脱却」が必要とされているのか。言わずもがなである。
低下する「労働分配率」
6月3日の日経は、「財務省が3日発表した法人企業統計をもとに企業の利益などが賃金に回る割合を示す労働分配率を算出したところ、2023年度は38・1%と過去最低だった」と報じた(資料1)。23年度の経常利益は13・7%増で、22年度に続いて過去最高を更新した。24年1~3月期の全産業経常利益も、前年同期と比べて15・1%増えている。1~3月期としては過去最高額だった。
日経は、「23年度は高い水準で賃上げが行われたが、それ以上に利益の伸びが大きい。これが労働分配率の低下につながった」と評しているが、「労働分配率低下が利益増の一因となっている」と言うべきだろう。労働分配率の低下、つまり剰余価値率(搾取率)の上昇は、利潤率上昇の要因のひとつだ。「上場企業(3月期決算企業約2200社)が配当を拡大している・・・配当総額は前期比8%増の約18兆円と4年連続で過去最高となる見通しだ。新型コロナウイルス禍前の19年3月期と比べると5割増える」(日経6月20日)。実質賃金のマイナスが続いた期間に、株主への配当金は50%増えた。
経済同友会の新浪代表幹事は5月19日のNHKの番組で、「サントリーホールディングスでは7%程度の賃上げをしたが、労働組合が10%と言ったら8.5%になったかもしれない」と冗談めかして語ったという。新浪は、本当はもっと儲かっているのに労働組合の要求が低すぎると言っているのである。労働分配率低下の真犯人は、闘うことを忘れた連合傘下の労働組合の「忖度春闘」なのではないか。
「バブルが崩壊し、組合はリストラを選ぶか賃金を我慢するか二者択一を迫られた。私たち組合は雇用を守る方を選んだ。しかし雇用を守るために非正規雇用、賃下げ、最終的にはリストラも受け入れた。本当に守ろうとしたものは何だったのか」(JAM安河内会長 日経5月21日)。「本当に守ろうとしたもの」は、資本と上層部労働者の利益であり、労働官僚の自己保身以外の何であろうか。
海外で稼ぐ大企業
確かに、闘わない労働組合とインフレ(価格転嫁)のおかげで、利潤率は回復しつつあるようだ。しかし、その主因は国内販売ではない。大企業の利益の大半は、海外子会社で稼いだものである。23年3月期の上場企業の売上高に占める海外の比率は42%、過去最高となった。グループ全体の利益(連結営業利益)は、国内本社の単独営業利益の3倍近くまで膨らんでいる(資料2)。
22年の海外直接投資残高は2000年の8・5倍に達した(財務省)が、民間企業の国内設備投資は同じ期間に18%しか伸びていない。稼げるのは海外であり、利益はまたさらに海外で投資されるか子会社の内部留保として滞留し、国内への投資に回らない。円安が進んで輸出企業が有利になっても企業は戻ってこない。海外収益の半分は海外でのM&Aや投資に回され、残りが配当金として本社の利益となる(海外子会社からの配当金はほとんど非課税)。それは本社の内部留保を膨らませた。
「地政学的要請」やパンデミックの教訓で、「サプライチェーン」の改革が求められている。製造業を国内に回帰させねばならない。しかし、そのような「政治的必要性」が高まっているからと言って、個々の企業は「経済的合理性」を無視することができない。「サプライチェーンを見直す狙いとして「海外拠点の国内回帰」を挙げた企業は4%にすぎない」(日本政策投資銀行の調査)というのが現実だ。グローバル化の過程で日本企業は海外で稼ぐようになった。本格的な「国内回帰」で「産業の空洞化」を反転させることはできないだろう。
新たな経済成長は可能か
内閣府が2月29日に公表した2060年度までの長期経済試算によると、年平均実質成長率の予想は、低い想定で0・2%、最も高い想定で1・7%となっている(資料3)。(「TFP」とは、経済成長(GDP成長)を生み出す要因のひとつで、資本や労働といった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因、つまり技術革新による生産性の向上のこと)
政府の作ったデータは、楽観的な展望を示して国民をその気にさせようとすることが多いが、内閣府の予想は、悲観的すぎないだろうか。ところが、これでもむしろ相当に楽観的なのである。1991年から2022年まで30年間の平均成長率はわずか0・8%であり、高い想定では2060年までの期間に、その2倍以上の成長率ということになる。もっとも、前提条件のひとつである「出生率」が、現状(1・20)とかけ離れすぎており(低い想定でも1・36)、長期予想全体の信ぴょう性に疑念を抱かざるをえないが・・・。
高度経済成長期、1956年から73年のGDP平均成長率は9・2%、高度成長が終焉した74年から90年までのそれは、4・1%だった。「失われた30年」の低成長ぶりは際立っている。資本と政府は、なんとかして長期にわたるこの「低成長経済」から脱出しようと足掻いている。しかし、内閣府の長期経済試算では、2060年までの平均成長率は、うまくいっても1・7%にすぎない。「新たな経済成長」の展望は見えていない。
「貧年金」と高齢者の労働参加率
「働けてうれしい。あと10年は続けたい」。8月18日の朝日新聞は「スキマバイト」で月に10万円ほど稼ぐ70歳の女性を紹介している。マッチングアプリを提供する「タイミー」に登録し、ほぼ毎日平均4時間働く。飲食店の皿洗いやスーパーの品出しが主な仕事。彼女は求人雑誌やシルバー人材センターで仕事を捜したが、どこの面接を受けても採用されず、「タイミー」に登録した。雇用主は、「報酬の3割に相当する額」を「タイミー」に払う。同紙によれば「スキマバイトに関連する仲介サービスの23年度の市場規模は、前年比27・2%増の824億円となる」という。(この「仲介サービス」がやっていることを「ピンハネ」というのではなかったか)
高齢者の「ギグワーカー」(偽装委託)や「スポットワーカー」(短時間雇用契約)が増えている。同時に、「定年延長」や「定年後再雇用制度」の利用がさらに進んでいる。高齢者の労働参加率は、25・1%、65~69歳は50・3%、70歳は18・1%となっている(総務省2021年)。高齢者が働くことが当たり前になりつつある。しかし、内閣府の2060年度までの長期経済試算の前提条件(資料3)では、65~69歳の労働参加率を78%に設定している。20数ポイント引き上げねばならない。
「高齢者の定義」を変えようという動きもある。世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者と定義しているが、「平均余命までの期間が15年になる年齢」と再定義する議論がすでに始まっている。この定義では日本の場合70歳を超えるだろう。
東京新聞(5月28日)によると、経団連の十倉と経済同友会の新浪が政府の「経済財政諮問会議」で、「高齢者の健康寿命が延びる中で高齢者の定義を5歳延ばすことを検討すべき」と提言した。東京新聞の記者は、「原則65歳の年金受給開始年齢を70歳にし、「70歳まで働け」と求める布石のように思える。「自己責任」に拍車をかけていいものか」と批判している。
その通りだ。日本の年金の「所得代替率」は、単身世帯の場合32・4%(OECD加盟国の平均は50・7%)。この水準で生活が成り立つわけがない。「健康寿命の長期化」「核家族化」「地域コミュニティの不在による孤立」などが高齢者の労働参加を促しているが、「貧年金」にこそ問題の核心がある。
一方で、金融庁の調べでは、3月末時点のNISAの口座数が約2322万口座まで増えた。公的年金には期待しない、老後は「自己責任」とする意識が醸成され、「生涯現役」が称賛され、社会保障への権利意識の希薄化が、一層進行している。しかし、NISAに投資する余裕のない貧困層はどうすればいいのか。2人以上の世帯で、金融資産ゼロの世帯は30%を超えているのだ。
資本の新たな階級的攻撃
国内産業の「新たな経済成長」の展望がなかなか見えてこない。「インフレ」(価格転嫁)は利潤率の一定の回復をもたらしたが、限界もある。過度のインフレは国内消費を冷え込ませるからだ。「超低金利政策」は、結局のところ「株価バブル」を招いただけで、富裕層と投機筋に莫大な利益をもたらし、貧富の格差を拡大しているが、資本の「国内投資」の誘因とはならなかった。資本にとって問題はあくまで利潤率であり、資本があり余っているからといって利潤の薄い部門に投資することはあり得ない。
国内投資の利潤率を期待する水準に回復するために、資本は新たな攻撃を開始している。「裏金問題」や自民党総裁選をめぐる政治の狂騒の裏側で、資本は着々と準備を進めている。年金制度改革と労働法制改革が、資本の新たな階級的攻撃の中心にある。以下、その概要。
①年金制度改革で、受給開始を70歳に引き上げて、高齢者の労働参加率を抜本的に引き上げる(目標は78%!)。「年収の壁」を撤廃し、女性の労働参加率をさらに引き上げ、女性労働力の「非正規フルタイム化」を徹底的に推進する。
②中小企業の「淘汰」を進めて、労働力の流動化(失業・転職)を図り、非正規雇用、ギグワーカー(偽装フリーランス)、スポットワーカーをさらに増やし、労働力の大半が「生涯不安定雇用労働者」で構成される「労働市場」を作り出す。「副業・複業」の労働時間通算における時間外割増賃金を不要にすることで、「労働時間通算制度」をさらに形骸化させ、実質的に労基法の時間外労働規制から除外する(「規制改革推進会議の答申」5月31日)。
③AIの導入で、ホワイトカラー層(高賃金層)を削減し、かつ労基法の適用から除外する。「官製春闘」で「春闘」を換骨奪胎し、労働組合を飼い馴らすことに成功した資本は、「労使の合意」を前提に、労基法の「デロゲーション」(適用除外)を認めるよう要求している(「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」経団連1月26日)。
解散総選挙の後に成立する新政権が、自民党単独であれ、自民立憲連立であれ、多党連立であれ、資本がその政権に求めるのは、労働法制改革であり、年金改革であり、消費増税と法人税引き下げであり、改憲である。求心力のない弱体岸田政権は自ら政権を投げ出した。資本は新たな階級的攻撃を完遂できる強力な政権を求めている。
「夏休み、なくして」?
中央最低賃金審議会は、2024年度の地域別最低賃金額改定について47都道府県で一律50円引き上げ、全国で平均1054円とする目安を示した。時給1000円で1日8時間働くと、年収は200万~250万程度になる。この年収は「貧困ライン」(統計上、生活に必要な物を購入できる最低限の収入を表す指標)すれすれだ。2022年の総務省「就業構造基本調査」によると、年収が分かるのは5463万世帯。うち年収200万円台が811万世帯と最も多く、300万円未満の世帯が全体の3分の1を占める。
この低賃金は「デフレ」のせいではない。「パート」、「非正規」、派遣、ギグワーカー、スポットワーカー・・・、数十年間続く「雇用の劣化スパイラル」こそ、この低賃金の原因だ。正社員層のサービス残業、「希望退職」という名の大量解雇、「名ばかり管理職」、若者の健康を破壊して使い捨てる「ブラック企業」、「トイレにも行けない」生産現場の労働密度、ほとんど達成不可能な営業ノルマ、不況時の「派遣切り」などが、「偽装フリーランス」への移動を促してきた。そして「貧年金」が、劣化した雇用に高齢者を引き入れていく。
最低賃金は「貧困ライン」に張り付いている。貧困問題に取り組む認定NPO法人「キッズドア」のアンケートによると、夏休みは「なくてよい」が13%、「今より短い方がよい」が47%だった。その理由(複数回答)は、「生活費がかかる」78%、「給食がなく昼食準備に手間や時間がかかる」76%、「特別な経験をさせる経済的余裕がない」74%、「給食がなく必要な栄養がとれない」68%、だった。
「生活賃金」を要求する社会的運動を
最低賃金を50円引き上げても「欠食児童」対策にはならない。「子供の貧困」は「親の貧国」以外の何物でもない。「雇用の劣化」に対する反撃は、「生活賃金」を求める闘いから始められねばならない。雇用形態に関わりなく、フルタイムであれ、パートやスポットワークであれ、年2000時間(8時間・週休2日)働けば、まっとうな生活ができる時間給の水準を要求しなければならない。
連合は、「生活賃金」を「労働者が健康で文化的な生活ができ、労働力を再生産し社会的体裁を保持するために最低限必要な賃金水準」と定義している。連合の調査(資料4)によると、稼ぎ手が2人で子供2人の場合の生活賃金は(2人合計で)時給2600円~3200円、稼ぎ手が1人で子供1人だと1400円、子供2人の場合は2000円を超えている(さいたま市モデル)。連合は、「最低賃金を2035年までに1600円に」(労働者全体の賃金の中央値の6割)などと主張しているが、自ら調査した「生活賃金」の水準からすれば、それは今すでに実現されていなければならない。どうしてそれが10年後の目標なのか。
「単身成人」の「生活賃金」以下に張り付いた「最低賃金」のわずかな引き上げを求める運動では、「貧困ライン」で働く労働者の心に響く闘いは始まらない。労働者を雇用するすべての企業に、「生活賃金」の支給を義務づける社会的運動が必要だ。「憲法25条の第3項に、雇用者に対する「生活賃金支払い義務」を追加せよ」。
左派のあらゆる力を結集して「生活賃金」を要求する社会的な運動を構築しなければならない。「雇用の劣化スパイラル」に対する反撃は、「生活賃金運動」の前進の中でこそ大衆的基盤を獲得するだろう。そしておそらく、小林日商会頭が「大企業の社会的責任だ」と力説する「中小企業たたき」をやめさせることも可能となるだろう。
(8月20日)
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