投稿 衆議院選挙の結果と日本情勢の現局面 (下)

反撃への曙光は見えたか?

西島志朗

政党・政治再編の力学

 闘わない労働組合とインフレ(価格転嫁)のおかげで、利潤率は回復しつつある。しかし、その主因は国内販売ではない。23年3月期の上場企業の売上高に占める海外の比率は42%である。海外直接投資残高は、この20年間に8・5倍になったが、国内設備投資は18%しか伸びていない。資本は、国内投資基盤を整備する一方で、グローバルに展開する生産拠点とサプライチェーンの拡大と安定を確保しなければならない。しかし、「トランプ2・0」で、問題はますます混沌としてきた。トランプは、米中対決を煽り、「同盟国」に軍事力の一層の強化を求める。輸入品に高額の関税をかけ、自国産業を守ろうとする。


 日本にとって中国は依然として最大の貿易相手国である。日本の輸出入総額のうち、中国の占める割合は、輸出で17・6%、輸入で22・2%、総額で20・0%(2023年)となっている。アメリカは総額で15・1%であり、経済では中国との関係の方が強い。しかし、政治・軍事はアメリカの「同盟国」である。この政治と経済の収束不可能なジレンマが、万力のように石破政権を締め上げる。トランプの要求に応えながら、習近平との関係をこれ以上悪化させることはできない。
 中国に対抗する防衛力の増強は、岸田政権の下で、防衛予算の拡大、「安保三文書」の閣議決定、「敵基地攻撃能力の保持」、武器輸出の解禁など、矢継ぎ早に進められたが、肝心の財政的裏付けは曖昧なままだ。「改憲」へ向けた国民的合意は形成されてきたが、それを可能にする議会的条件は今回の選挙で不安定になった。
 国民民主党に譲歩せざるを得ないとすれば、「財源」が問題となる。「103万の壁」の撤廃は、さっそく自民党内の「財政再建派」と財務省の強烈な抵抗に直面している。大資本の代弁者である経団連は、消費税増税とセットで法人減税を求めている。政策転換のための時間は限られているが、来年は参議院選挙が控えている。
 政策の大転換は、抜本的な政治再編を余儀なくさせるだろう。大資本は、消費税増税や年金改革、法人減税、労働法制改革などの喫緊の課題を断行する「強い政府」を求めている。「強い政府」とは右寄りの強権的政府と言う意味ではない。少数与党のまま、政策ごとに野合するのか、国民民主や立憲と連立するのか、いずれにしても資本は連合を支持基盤とする二つの野党を利用するだろう。労働基準法の脱力化(「労使自治」を口実にしたデロゲーション、副業時間通算廃止など)や年金改革等を進めるためには、連合を巻き込む必要がある。
 日本会議や統一教会に右側から支えられた自民党安倍派は、「政治資金問題」で重大な打撃を受けた。野党(立憲)を巻き込んで「専守防衛」のハードルを超えたことで、安倍派の役割はすでに終わっている。安倍派は「積極財政派」であり、「金融緩和派」であるが、その政策は、日本経済の長期低迷を反転させることができなかった。積極財政とゼロ金利政策は、淘汰すべき中小企業を延命させる。グローバル化した資本に、「日本的右翼」のイデオロギーはそぐわない。「選択的夫婦別姓」「女性天皇」「同性婚」「外国人移住の促進」等々に関する政策転換の立ち遅れは、グローバル化した資本には許容できない。
 来年の参議院選挙へ向けて、自民党内の政治的対立はさらに表面化し、「高市新党」への流れが強まるだろう。ヨーロッパ各国の極右と同様に、排外主義を基軸にした右派ポピュリズム政党が生まれる可能性はある。求心力を失った維新の一部や右翼政党は、ここに吸収されるだろう。日本会議、統一教会、ネット右翼等々が隠然・公然とこれを支えるだろう。
 自民党の分裂は、立憲の分裂の誘い水になる。野田を中心にした立憲右派と国民民主党と自民党の連立に道を開き、立憲左派は分裂へ向かう。大資本と連合、グローバル化した資本とそれを支える労働者階級最上層部の政治権力の確立へ。新しい「強い政府」は、この30年間の「雇用と労働の劣化」によって周辺化された下層労働者、地方、中小企業の切り捨てを加速させる。切り捨てられる層は、極右の潜在的な基盤である。

左派の課題は何か

 トロツキーは「過渡的綱領」の冒頭に、「全体としての世界政治情勢は主としてプロレタリアートの指導部の歴史的危機によって特徴づけられる」と書いた。しかし、現在われわれが直面している日本の政治情勢は、「指導部の危機」であるだけでなく、さらに数段深刻な労働組合の弱体化と労働運動の陥没、階級意識そのものの解体的危機である。労働者政党が依拠してきた労働組合と労働運動・社会的運動は、職場でも、企業内でも、地域でも、社会全体でも、その存在感を著しく低下させた。日本は「デモとストライキが最も少ない国」である。この状況から出発して、労働者階級の階級的覚醒、階級形成はどのような水路を通って可能となるのか。
 衆議院選挙では、どの政党の公約も「経済成長」を目標に掲げている。減税や賃上げで消費を増やし、景気を回復させ、新たな経済成長を実現する、という論理で共通している。「物価上昇を上回る賃上げ」が来年もまた官製春闘の目標だ。
 しかしこの目標は、そもそも低すぎる賃金水準からの数%の賃上げ率を目標としているのであり、連中の掌で踊っているにすぎない。「春闘」という俳句の季語にでもなるような、体制にビルトインされた年中行事に、どうして賃上げの闘いを限定する必要があるのだろうか。アメリカのUAWは40%の賃上げを求めて、組合官僚を放逐しストライキで闘った。その根拠は「CEOの報酬が40%上がった間に、われわれの賃金は下がっている」ということだった。日本でもこの20年間に、役員報酬は40%上がった。現行の賃金水準からの抜本的な賃上げをまず要求しなければならない。「賃金の物価スライド制」はその後の問題だ。
衆議院選挙では、「最低賃金1500円」が各党の公約に盛り込まれ、その実現時期が争点になった。しかし、1500円でまともな生活ができるだろうか。「生活賃金」という基準を明確にしなければならない。「まともに生活ができる賃金」「シングルマザー世帯でもまともな生活ができる賃金」、つまり「生活賃金」を基準にすれば、最低賃金「2500」円を要求すべきである。われわれは、「9条改憲」に対抗して、「憲法25条の第3項に、雇用者に対する「生活賃金支払い義務を追加せよ」と要求しなければならない。
 朝日新聞に寄稿した社会学者の小熊英二さんの一文は、問題の核心をついている。

 「例えばの話だが「最低賃金2500円、保育・介護労働者の年収600万円」という状態を想像してみよう。そうなれば学歴競争や入社競争に勝ち抜かなくても、いつ会社を辞めても、過疎地に住んでいても、年収500万~600万円が可能になる。もちろん社会保険料の増加など各方面への影響は議論が必要で、政策として想定は可能でも実現は簡単ではない。しかし前述のような状態を想像するだけで抑圧感が減るとしたら、それは現代日本における根本的課題の所在を示している。それは人間の尊厳が保てない低賃金の職が多いことであり、それが各方面に影響しているということである」(朝日10月12日)

 低賃金と貧年金こそ、目の前で日々「壊れつつある社会」の根本問題である。だからこそ、選挙では「生活苦」が最大の焦点になった。衆議院選挙の結果が、労働者階級の若者層の覚醒へ向けた第一歩を表現しているとしたら、左派は、この流れをさらに促進するために闘わねばならない。
 れいわ新選組が大きく得票を増やしたことは、重要な意味を持っている。れいわ支持層の中心は「就職氷河期世代」である。この世代は、社会に出てから一度も「正社員」として雇用されたことがない「非正規」や「フリーランス」が多い世代であり、「格差」を「自己責任」とは考えない傾向が強い。社会を変える必要性を痛切に感じているこの世代こそが、最低賃金で働く下層労働者の先頭に立って、「階級形成」を促進する可能性を持っている。
 もちろん、われわれはれいわの政策を手放しで支持することはできない。「経済成長」や「Buy Japan」は労働者階級の政策ではない。消費を増やして経済を成長させるのではなく、「分配の正義」を徹底すべきであり、労働者が我慢するのではなく、資本が犠牲を払わねばならない。中小企業の経営をおもんばかって、最低賃金の要求額を低めにすることはない。親会社が不当な利益を減らして、子会社の価格転嫁を認めるべきである。法人税の引き上げと内部留保の没収、富裕層増税、国債の償還と利払いの停止等によって、福祉財源が確保されねばならない。「連中を儲けさせるのではなく、連中から収奪する(取り戻す)ことで財源を確保する」こと、これが労働者階級の立場だ。
 われわれは、れいわ支持層に、労働者階級であることの自覚を促し、「労働者階級の政治」へ向かう方向性を指し示すスローガンを掲げなければならない。新しい社会的労働運動は、れいわ支持層と共に歩みながら、「生活賃金」を要求し、労働組合を組織し、労働法制改悪に反対する大衆運動の中からこそ芽を出すだろう。
 同時に、われわれ自身の新たな「綱領」に向けた議論の深化が必要である。「年金制度」ひとつとってもわれわれには「政策」がない。立ち遅れは深刻だ。日本における新たな「過渡的綱領」のための闘いと議論を開始し、来るべき「反撃の時代」に備えて爪を研がねばならない。 (11月14日)

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