寄稿:袴田巌さんの人生を奪った事件から60年(下)
60年を返せ! 死刑執行の恐怖を償え!
山崎俊樹(袴田さんの再審無罪から学び活かす会)
元プロボクサーだったからだけでは説明がつかないことを警察は承知で、袴田さんに連日自白を迫っていたことになる。そして袴田さんは自白させられ、当時の検察官であった吉村英三は、控訴期限ぎりぎりの1966年9月9日の深夜に起訴している。しかし、起訴後も静岡地検から清水警察署に通い、ひと月に一六通もの自白調書を取っているのである。この事実から見て証拠が脆弱だけでなく、巌さんの供述内容も変異し信用できなかったのだろう。にもかかわらず、検察は、有罪主張を再審公判になっても維持し、袴田さんに死刑を求刑したのである。
再審法の改正に関して法務・検察は「再審で問題になっているのは昔の事件であり、現在では起こっていない」と言い回っていると聞くが、大川原化工機えん罪事件では、警視庁公安部がねつ造した証拠をもとに起訴し、犯罪の片棒を担ぎ、大阪プレサンス事件では警視庁公安部同様、検察官自ら犯罪をでっち上げていった。今もなお、60年前と同様のことを、検察官は何の反省も無く行っているのだ。
(3)死刑執行の恐怖を償え!
昨年3月11日、袴田さんの盟友ともいえる石川一雄さんが逝去された。石川さんと袴田さんは、巣鴨拘置所から小菅拘置所と、共に無実の死刑囚として、その自由を奪われ死刑執行の恐怖に耐え続けてきた仲間である。石川さんは寺尾判決によって無期懲役囚となり小菅拘置所から千葉刑務所に下獄されたが、袴田さんは小菅拘置所で死刑が確定する。
姉・ひで子さんによると、1984~5年頃、面会に行ったら面会室で座る暇もないくらいバタバタと入ってきて「今日、死刑があった」「隣の人だった」「お元気で、と言って出ていった」と一気にまくし立てた、と言う。死刑執行の現実を目の当たりにしたのだ。同時に、再審請求が進まないことに焦り、日弁連はどのように取り組んでいるのかと、しきりに尋ねられたという。
この頃、静岡地裁は、島田事件(83年5月、静岡地裁へ差戻し、89年1月再審無罪判決)にかかりっきりになっているので、それが終わらないと進まないのでは、などと本人を慰めた、と、ひで子さんは語っている。また面会時には「かゆみの電波を飛ばされている」など、明らかに拘禁反応の症状がわかる会話が増え、1990年には面会拒否が始まり一時は4年近くも面会拒否が続く。
耐え難い死刑執行の恐怖は、面会に応じて自分の舎房を出ることは処刑につながる恐怖となり、やがてその恐怖は、事件などなかったことにしてしまい、袴田さんの世界では、小菅拘置所を自らが支配する存在としてしまったのである。
言うまでもないが、死刑執行はその日の朝、本人に伝えられ、そのまま刑場へ引きづり出され、処刑される。その恐怖は生きている限り毎日味わうことになる。毎朝、刑務官が袴田さんの独房の前に来るたびに「今日が執行日か」と怯える恐怖に袴田さんの心が耐え切れなくなったのだ。そしてその恐怖は未だに続いている。釈放されてまもなく12年を超え、無罪が確定して間もなく2年。しかし、今でも、巌さんは夜中に目が覚めると家中の灯りを点け、家中の鍵がかかっているかどうかを確認して回ると、ひで子さんは語る。
石川さんは差別捜査と誤判によって命を奪われ、袴田さんは予断捜査と誤判によって人間性を奪われてしまった。権力の罪は重い。
3.冤罪犠牲者の立場に立った再審法改正へ
(1)検察が黒と決めれば黒なのだ
国会ではようやく再審法改正の議論が進み始めた。袴田さんの再審請求は1981年から始まり、第一次再審が終わるのは2008年である、第一次再審に要した時間は27年間、残念ながら証拠開示は進まなかった。検察が拒否しただけでなく、どんな証拠があるのかも把握できなかったからだ。
証拠開示が進んだのは2010年夏以降である。証拠開示によって、2005年秋以降、私たちが取り組んできた味噌漬け実験が正しかったことが明らかになった。特に、鮮明なカラー写真は、私たちが行った味噌漬け実験の結果と明らかに異なる。それが、再審無罪判決につながったことは言うまでもない。
検察官が都合の悪い証拠を隠すことは、福井中学生殺害事件でも日野町事件でも明かになっている。また、“検察なめんなよ!”取り調べ事件では、検察官は自分の筋書きを相手に認めさせるまで恫喝を行っている。大川原化工機事件では、勾留申請を続けることによって、無実の者を死に追い込んでいる。これらはもう犯罪である。検察は公益の代表者を名乗る資格はない。だからこそ、再審法改正に際しては、抗告の禁止を設けることによって検察官の権限を制限する必要があるのだ。
そもそも、検察官は自らの判断が最も正しいとして、誤りを認める組織ではないことは、周知の事実である。これから公判で争われる“検察なめんなよ!”取り調べ事件では、被告人の田淵大輔はありとあらゆる手段で、自らの正当性を述べ、無罪を主張するだろう。一方、裁判官の罪を問う大川原化工機事件では、勾留申請を認め続けた裁判官の罪が問われている。これまでは裁判官の罪が問われることはなかったが、冤罪犠牲者にとっては、彼らの罪もまた重いのだ。
(2)冤罪犠牲者を救う法改正へ
再審法の改正に関しては、議員立法案が先に提出された。ところが法務・検察は法制審議会に諮問し、今回の改正案を急いで作り上げた。法改正の主導権を握るためだ。検察官は、「検察に間違いなど無い」「再審請求する方が、おかしいのだ」という、信仰心しか持ち合わせていない。証拠の全面開示など、彼らの信仰心を否定するものは受け入れられないし、その信仰心にすがりつくためには、上訴権を禁止されては迷惑なのだ。
議員立法案での成立を恐れた法務・検察は国会議員の間を回りで、「現行制度は機能している」「再審で問題になっているのは昔の事件であり、現在では起こっていない」と、まるで大川原化工機事件など無かったかのようなウソをつき、「三審制の根幹が崩れる」と訴えているという。
果たしてそうだろうか、例えば弁護側と争うような事件で、捜査側の意に沿わない意見や鑑定を行う法医学者は、法医学会から孤立させられるという。その結果、法医学教室での研究や教育が滞ることを恐れて、ほとんどの法医学者は、捜査側の御用学者に成り下がっている。いうなれば、御用法医学者にとっては、警察や検察は大事なお得意さんなのである。事実、このような学者は、袴田さんの再審公判では検察の主張を代弁し、実験すら行うこともなく想像だけで鑑定書を作り、公判でもその主張をしている。三審制の根幹が崩れるどころか、捜査側のお抱え御用学者の存在は、捜査の根幹から信用できない、と言えるだろう。
「巖を元に戻せとは言わんが、せめて巖の苦労が報われるようになってもらいたい」「巌の苦しみは巌だけで終わらせたい」と言われる姉のひで子さんの言葉。袴田さんが失った60年。死刑の恐怖に耐え続けた袴田さんの人生。
これらを、私たちは忘れてはならない。(了)

畝本直美検事総長名誉棄損国賠訴訟(26.3.26静岡地裁前)
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