SC制度法案の制定阻止へ

「NHKスペシャル」の、「“冤罪”の深層~警視庁公安部で何が~」を観て

大川原化工機冤罪事件における公安警察の犯罪検証番組

 9月25日、「NHKスペシャル」は、「“冤罪”の深層~警視庁公安部で何が~」というタイトルで冤罪である大川原化工機事件を取り上げた(2017年春から取材開始)。
 番組の冒頭、東京地裁(23年6月30日)の法廷で原告弁護人による警視庁公安部外事第一課第5係警察官について「事件はでっち上げだと思うか」という問いに対して、「事件をでっち上げたと言われてもいなめないんじゃないかと」「まぁ、ねつ造ですね」「捜査員の個人的欲というか、動機がそうなったんじゃないか」という証言シーンが飛び込んでくる。
 ナレーターは、「現職の警視庁捜査員が自ら担当した事件をこう振り返った」と述べ、「公安警察の暴走をなぜ止めることができなかったのか」「独自取材で検証する」とアプローチする。
 以降の番組は警視庁公安部が機械メーカー・大川原化工機の社長・幹部3人を外為法違反容疑(不正輸出)として不当逮捕(20・3)していくプロセスを描きだしていく。逮捕容疑は生物兵器の製造に転用できる噴霧乾燥機を、ドイツ企業傘下の中国の子会社に無許可で輸出したとしてでっち上げた。捜査は外事1課管理官と第5係長宮園勇人警部ら20人態勢で強引に押し進めた。
 結局、大川原化工機幹部3人は11カ月も不当に勾留され、相嶋静夫さん(顧問)は勾留停止中の入院先で、ガンで死去している。
 ところが2021年7月、東京地検は「兵器転用可能な技術か疑義が生じた」「起訴時点の証拠では軍事転用可能な技術と判断したが、結果的に疑義が生じ、反省すべき点があった」として起訴を取り下げた。東京地裁は8月2日に公訴棄却を決定している。
 そもそも噴霧乾燥器の規制要件のひとつは「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」(大川原化工機国賠訴訟弁護団)だから「結果的に殺せる菌が1つでもあればよいのだ」と公安部は殺菌理論を作り上げて実験を繰り返したが、結果的に「完全な殺菌はできない」ことが判明していた。地検はこれらの証拠が公判に提出されたら公判維持ができないと判断せざるをえなかったのだ。
 大川原化工機は、公安警察の不当性を糾弾する国賠訴訟を東京地裁に提訴(2021年9月8日)。裁判は23年9月15日に結審し、12月27日に判決が出る。刑事補償請求では、東京地裁が長期の勾留に対し計1130万円の支払いを決定している(21・12・7)。

 公安警察官の証言と発言

 前半の番組シーンは、大川原化工機幹部たちが不当な取り調べや不当逮捕に対して重々しい口調で抗議し、不当拘留中に亡くなった仲間の無念さを語る。
 大川原正明さんは、(公安警察が)「謝りもしない。もうしわけないという話もなにもないんですよね。亡くなった仲間の無念さは、どうしょうもないよね。どうしてくれるんだ」と語る。さらに数々のでっち上げ書類に対して「自分たちの保身のために辻褄を合わせるために報告書を作った。こんな組織では信用ならない」と批判する。
 その一言一言が公安政治警察の冤罪事件常習犯としての暴挙に対する怒りの共有で「爆発」しそうだ。
 この番組の画期的な内容は、これだけではない。とりわけ注目すべきことは、現職公安警察官の内部告発の手紙や証言を直接取材も含めて明らかにしているところだ。
 起訴後に届いた内部告発の手紙(20・6月)は、こうだ。
 「匿名での文書で申し訳ありません。地方公務員法に抵触する恐れがあるところから本名を明かさず文面にて連絡させていただきます。単刀直入にしるしますと、警察側にAという捜査員がおり、貴社へも何度も出入りしていると記憶しております。彼は貴社側にたった見解を持っており、警察組織の意向とは関係なく自分の意見を貫くタイプの人間です。貴社に有益かつ警察側に不利益となる情報が明らかになると確信しております……」。
 さすがに全文を読み上げることはしなかったが、番組はこの手紙の詳細を土台にしながら公安警察の実名、特定写真、勤務経路まで調べあげ、取材アタックをしている。番組は、演出しながら視聴率稼ぎのために創作したとは程遠い、実録形式を選択した。
 取材スタッフは、この手紙の送り主の取材にも成功している。法廷で証言した警察官ではないとただしながら、「捜査に疑問を持っていた警察関係者」であると明言する。
 内部告発の手紙送り主は、「相嶋静夫さん(大川原化工機顧問)を自分の親だったらと思うと本当にもうしわけない。今、捜査当時にもどってもこうすれば止められたという方法を思いつかない。上層部がそろって応援し、令状もあり、そこで違うと言い出すには勇気がいる。自分には止める力がなかった。やりそうな人材は組織にまだまだいる。非を認める決裁をしてそれぞれに責任をとらせる。それができないなら、また同じような事件が起きるだろう」と社会的に訴えていると同時に「暴走」する公安警察の腐敗を糾弾するのだ。
 次のクローズアップは、この裁判(23年6月30日)での現職の公安警察官の証言だ。
 「幹部がねつ造しても、そのうえには指揮・監督するものが何人かいたわけですから」。
 「マイナス証拠もちゃんと反証していれば、こういうことは起きなかったと思います」。
 「輸出自体は問題ないので、後は捜査員の個人的な欲というか、動機がそうなったんではないかと私は考えます。年齢があって定年も視野に入ってくると、自分がどこまで上がれるのかと、そういったことを意識なされたのではないかと思います」。
 さらに関連して公安警察官のインタビューでは、いずれも第五係のでっち上げを掌握していた。
 「不正輸出を専門とする第五係は、近年、目立った成果を上げられていない。第五係幹部は、このままでは人員を減らされ、縮小させられる。経産省に殺菌概念がないと言ったら事件は終わりと言っていた。無理すじだと思うところもあったが、組織内の筋を通してこれをやれと言われれば従わざるをえない」。
 「ガサで徹底して調べたが軍事転用など問題になる事実はなかった。国のため大義があるという思いこみが、手段を選ばない捜査にかたむく一因となる。無理筋でもガサまでやるというのはこれまでもあった。ここまでは仕方がないという思いもあったが、なにも出なければ目も覚めるだろうと思っていた」。
 「第五係幹部らはお前の『できませんの一言でだめにできる案件じゃないんだよ。警視総監までいっている話なんだから』と発言していた。上層部にはマイナスの報告を上げていないんじゃないか。こうやって自分で自分の首をしめていった」。
 最後のシーンは、相嶋静夫さんの遺族の発言で「主人を助けたくて、助けることができなかった虚しさが『ねつ造』という言葉の中に急にわきあがってきて。警察官は主人のお墓の前で謝罪してほしいし、遺族に対しても謝罪してほしい。それが人間としての道じゃないか」と述べた。

本当に公安警察官の独自判断なのか

 あえて言ってしまうと、公安警察官が独自の判断で捜査批判を、しかも裁判法廷で証言するのは、ほとんど信じがたい。公安内部の派閥抗争、別系列の上層部との意志一致、連携プレーによって行っているのかと、これまでの公安弾圧手法の経験と学習から「ストーリー」を描くことができる。裁判証言にしても通常は事前に検察と打ち合わせをする。その打合せで「ねつ造」について確認しているとは考えられない。やはり「良心」の破壊を強要する官僚組織に対する報復なのか。
 かつて警察庁国際テロ捜査情報流出事件(2010・10)では、公安部外事第3課などの情報がネットに流出し、世界に知れ渡った。日本の治安機関の信用失墜を拡大させ、警察官僚組織と公安政治警察の瓦解へと発展した。東京地検は「警視庁警察官の犯行」と断定したが、結局、犯人特定をすることができなかった。
 この事件の衝撃は、すさまじかったが今回の大川原化工機冤罪事件では、証言した公安警察官の実名、所属も公然化されている。それだけ公安組織の腐敗と堕落が深刻だと言える。いずれにしても継続した追跡リサーチが必要だ。

 SC法の制定を許すな

 この番組をこの時期に放映したことはヒットだ。というのは、次のような背景によって証明できるであろう。
 経済安保推進法制定(22年5月)を射程にして、「活躍」する公安警察を押し出すために、その生贄として大川原化工機を事前選定していたと言える。公安警察官が証言しているように権限と利権拡大に向けた手柄をあげる好都合な事件としてでっち上げたのである。
 すでに公安警察は企業に対して過去に摘発した産業スパイやサイバー攻撃による情報窃取の手口を伝えるなどとして警戒を促す取り組みを広げる工作を開始している。
 さらに経済安保推進法の中軸システムとしてサイバー警察局を組み、サイバー犯罪対策(不正アクセス行為、コンピュータ・電磁的記録対象犯罪、不正指令電磁的記録に関する犯罪、ネットワーク経由の公序良俗に反する行為)と称して民衆監視・検閲を拡大し、集会、結社、言論など表現の自由を弾圧するために広く網をかけていこうとしている。
 岸田政権は、戦争のための防衛生産基盤強化法(6月7日)を制定し、 経済安全保障の分野で機密情報にアクセスできる人を決めるセキュリティー・クリアランス(SC/適格性評価)制度法案の成立を狙っている。
 法案は上程されていないが、その柱は秘密保護法の経済安保分野への大幅な拡大をもたらすSC束ね法案、すなわち拡大秘密保護法案だ。公安政治警察によって第二、第三の大川原化工機冤罪事件を引き起こす可能性が大きくなる危険性がある。大川原化工機冤罪事件を踏まえ、SC制度法案の制定を阻止していこう。     (遠山裕樹)

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