書評 象徴天皇の実像「昭和天皇拝謁記を読む」をよんで
原武史著 岩波新書(2024年10月) 第1刷
ヒロヒトを
知る最新資料
宮内庁長官(1949~53在任)・田島道治の「拝謁記」をめくって読みだしたことから、原武史の著書にも一気に目をとおした。拝謁記は裕仁の言葉を詳細に書き取っている面で、それまでの側近、侍従長などの記録より資料として価値が高いと言われている。侵略戦争を遂行した責任を裏付ける記録の有無が最大の関心事ではある。加えて、封建時代そのままに、君臣関係が残存するさまがうかがえる。人民の生活に直結する政治的発言から、ヒロヒト自身の快適な生活の心配に至るまで様々に記述されている点を知る最新の資料ということでもある。
原が言うように、複数の執筆からなる「拝謁記を読む」(岩波書店)は、章立てからして時系列に沿わざるを得ない点があり、ヒロヒトがいかに天皇制の問題点を体現していたか、に肉薄していないように感じられる。原は天皇観、政治・軍事観、戦前・戦中観国土観、外国観、人物観、神道・宗教観、空間認識などに分けて拝謁記にある記述を抜き出した。改めて、天皇というのは近代ブルジョワ社会に生き残った「殿様」であり、ヒロヒトも意識の中に戦後も「殿様」意識が凝り固まるだけでなく、現実の社会・政治へ影響を及ぼす存在であったことがいえるだろう。
内奏から示
されること
依然として考えさせられる問題の一つは、内奏である。今まで首相などからの報告、象徴天皇制の建前をくつがえす問題としてとらえられてきたが、大元帥であった戦前同様、戦後においても、ヒロヒトの現状認識は、大新聞で報じられるほほえましい天皇像とは程遠く、ある意味「お飾り」にとどまらない政治的バランス感覚を示していたということが、拝謁記の記述で一段と裏付けられた。一方で人物観の項で示される通り、貞明皇后(大正天皇ヨシヒトの妻)、3人の弟など皇族への人物評価などは原の大きな関心事項でもあり、日々の雑事のやり取りを含め他の記録よりも重点を置いた分析が展開される。ホームドラマ風のありよう、その下世話さに引っ張られて、ヒロヒトの認識がどう日本社会の過去・未来にかかわるのかという点が後景に隠れがちなので、読む側は注意しなければならない。
これまでも指摘されてきたヒロヒトの発言から感じられる特徴を羅列すると、日本国憲法への不満、民主主義の軽視、反共産主義をむき出しにした言動、学生・労働運動への敵視があり、南原繁のような「リベラル」学者の追放、運動が盛んな東大、京大への警戒などをあらわにしたりもしている。また、沖縄などに対する植民地意識の継続、朝鮮半島、中国大陸への蔑視もひどいものだ。祭祀に臨む女性皇族に対する「血のケガレ」意識の強さについて、拝謁記で明らかになったおぞましい記述もある。天皇制が女性により負担を強いるシステムとして美智子の精神状態について、田島道治と神谷美恵子との書簡などから浮き彫りにしている点も重要だ。退位をめぐるさまざまな言動は、敗戦時の天皇制にとっての厳しい現状認識を物語っているが、それだけに、神道祭祀を重視するというよりは、より柔軟にキリスト教容認姿勢をみせ、カトリック改宗検討した記録も残されていて、GHQに対してもっぱら保身を図ったヒロヒトの姿勢は見てとれるだろう。
ヒロヒトの
イメージ戦略
ヒロヒトの保身について言えば、行幸と警備の関係を詳細に要請したり、外国の報道を気にしたり、自身のイメージ戦略に余念がないことは言うまでもない。そのうえで靖国神社参拝中止の背景について、富田メモ公開の時以来リベラルなヒロヒト像が振りまかれてきた面があるとするならば、保身のために後付けで様ざまな発言をしているかどうかを、今後も明らかになる資料とあわせて私たちは吟味しなければならない。
これまた余談だが、秩父宮の発言が対GHQで問題になった時に御殿場の秩父宮邸と東京を田島が往復するくだりで、国府津・御殿場間の列車がどう運行されたかなどへのこだわりは、鉄道マニアの原らしさがあらわれている。ちなみに秩父宮は結核療養の期間が長く1953年に亡くなるが、晩年は御殿場から神奈川県藤沢市内に移り住んだ。その敷地はしばらく天理教が施設として利用したが、数年前に一般の宅地に分譲された。
暴君にはなるまいという意識と同時に、「天子」としての系譜、皇族の祖先への回帰がよそ行きの顔として強調され、反対に、民衆のほうへみじんも意識を向けなかったヒロヒトについて、 原が著書で強調しているのは、昭和天皇ヒロヒトの「負の遺産」についてである。再軍備、憲法改正を提起し続けたヒロヒトの主張が、右派政治家、自衛隊幹部の発言となってよみがえっているのではないか、という考え方を原は表明している。そしてアキヒトが退位して「令和」に変わった時期は、ヒロヒトの時代を補完する好機であったという見方でもある。その裏返しと言えばいいのか、アキヒトこそは「負の遺産」の解消に向けて沖縄訪問を「戦争に向き合い」、中国訪問時の「おことば」における謝罪も「負の遺産」を意識したものであったとアキヒトを肯定的に評価していることは、以前から指摘されていたことでもある。
アキヒト以後の
批判的分析が重要
しかし天皇制に反対する運動が訴えてきたように、微調整というべき天皇制改良をもってアキヒトが右派政治家などに対置させる議論、天皇制の存在価値を見出す議論には価値がないのであって、そのためにどんなことが出来るかが、民主主義を求める側に問われている。君民一体感を出すための行幸の重視など、ヒロヒトなどが打ち出した方策を踏襲し、是認したのがアキヒト以降の天皇制であり、貧困格差拡大をはじめとして、日本社会が新たに生み出した負の遺産について、検証が必要だろう。
民主主義に対置される天皇制の問題の多くは、その情報公開の乏しさにある。そういう中でこういった側近、侍従の日記が散発的に公開され、研究者の分析が後を追ってきた。もし公開のタイミングが何らかの政治的判断に従って計画されているとしたら、この「拝謁記」公開が2019年代替わりの時期だったことをどうとらえたらよいのか、今一度追いかける必要がある。原が指摘したように、侵略加害に無自覚で、戦争の自在な遂行を可能とする国家、民衆が権力の前に発言権を持たない、まさにヒロヒトが指向した社会が私たちのすぐ前にある、という見方は重要だ。これまで公開をはばかったものが、はばかる必要がなくなったという判断があったのか。あるいは民衆抑圧の道具としてヒロヒトの言動をある程度機能させる、という積極的な判断さえ働いているとしたら、ということまで考えが及ぶのである。 (海田)

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