書評:木村聡『不謹慎な旅』

木村 聡/弦書房 2000円+税

負の記憶を巡る「ダークツーリズム」

 ダークツーリズムとは、本書のサブタイトルにもあるように「負の記憶を巡る旅」である。それは、戦跡や被災地、スラム街などなど、人が物見遊山で出かける観光地ではない。しかし、そこにはその場所の歴史や、今まで聞こえてこなかった真実の声が充満している。
 本書は多数の写真とともに、帯に書かれているように全国各地の「悲しみの記憶を宿す場所」を紹介する。
 私がはじめてダークツーリズムを体験したのは、韓国だった。北朝鮮との国境を流れる鴨緑江越しに、遠くに見えた農民の姿や寸断され、行き停まりになった鉄道線路が残る「自由の橋」、そしてソウル市内に点在するタルトンネの街並みだった。
 タルトンネとは日本語に直訳すると「月の町」ということになる。ソウルの平地部分は驚くほどに少ない。そのため住居が持てない貧しい人々は、山沿いのわずかな土地に家を建て、山の上までびっしりと軒並みが続いている。「タルトンネ」とは文字通り、月に手が届くところにあることを指す。
 もちろん道路は狭く急で、ところどころに石段もあり、自動車や自転車が登ることはできない。もちろん整備された道路もあるにはあるが、その急な勾配は歩くだけで息が切れる。そして、その頂上付近から俯瞰したソウルの街は、四方ともびっしりとタルトンネに囲まれていた。
 現在は、ソウルの都市計画でタルトンネは激減したが、今もわずかであるが、その光景が残っているという。

 さて、本題に入るが本書は全5章で構成されている。1章は「天災・人災の記憶」、第2章は「喪失する産業の記憶」、第3章「戦争の記憶」、第4章「差別・抑圧の記憶」、5章「生命と悲しみの記憶」と並んでいる。その項目は40にものぼり、身近な所では「解体するあの日と明日 旧大槌町役場と東北の震災遺構」が、まず初めに登場する。そこには解体が決まった大槌町の旧役場庁舎の写真と共に、見学に訪れる人々の声が収められている。津波による「震災遺構」は、国は復興支援金による支援を設け、市町村ごとに1カ所と限定し、整備の初期費用のみを負担しているという。旧役場庁舎は2018年に解体されたが、保存か解体かを巡って住民訴訟もおこったという。確かに被災者にしてみれば、津波の教訓を残すか、忌まわしい過去の記憶を消したいという気持ちに二分されるのは理解できるが、第3者が自分の考えを述べるのは難しい。しかし、第3者が負の遺産を見聞し、天災の恐ろしさを自らのものとするのは、意味があるだろう。まさに被災者にとっては、不謹慎な旅であることには違いない。
 このようなダークツーリズムは、悲しみのツーリズムとも呼ばれ、イギリスの学者が1990年代後半に提唱したという。
 そのあり方については賛否両論があるが、ダークツーリズムによりユダヤ人虐殺で有名なポーランドの絶滅収容所アウシュビッツ・ビルケナウには、多くの人が訪れるようになり、その悲惨な歴史的事実を共有するようになった。資料によれば、2001年から15年間で入場者数が3・5倍に増えているという。つまり歴史を知らないことは現実をしらないことと同義語だと私は考える。
 本書に取り上げている項目を少し列挙したい。「月曜日の海に吠える」〈祝島と上関原発予定地〉、「星になった子どもたち」〈戦争マラリアと八重山諸島〉、「阿弥陀如来の足元」〈牛久入管収容所〉などなど、その足跡は全国にわたる。
 「あとがきに代えて」には、「その土地の出来事をその土地に立って聞くことは、苦労や悲劇の話であっても、不謹慎ながらやはりこの上なく貴重で嬉しい時間だった」と著者は記している。
 新たな旅に出よう。(雨)
 

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