書評特集 東京五輪は何をもたらしたのか~フェミニスト視点で振り返る

アジア女性資料センター 発行「F vision No.4」

権力に抵抗するために編まれた

オリ・パラは何
をもたらしたか
 冒頭、本山央子さん(アジア女性資料センター)は、 「特集にあたって」で東京2020オリンピック・パラリンピック大会について「IOC(国際オリンピック委員会)によれば、東京2020は女性選手がほぼ男子と同じ数だけ参加し、性的マイノリティであることを公言する選手たちも過去最多となった『史上最も平等な大会』であったという。……グローバル資本と国家による巨大な祭典がもたらした犠牲と排除を覆い隠し忘却させるために、『ジェンダー平等』や『ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包括・包含)』という空疎な言葉をあふれさせ」た。だからこそ「この特集は、こうした権力の暴力に抵抗するために編まれた」。さらに「まやかしの『レガシー』を拒否し、わたしたち自身の視点から何が起きたのかを記録し、権力構造の根っこをたどり問い続けること。オリンピックという災厄の後をともに生き延び、次の災厄を防ぐためには、まずここから始めるしかない」と呼びかける。

東京五輪を振
り返る座談会
 「東京五輪を振り返る座談会」(PART1)は、「国内外の活動家とも連携して持続できた反五輪運動」というテーマで反五輪運動を取り組んでいる、いちむらみさこさん(反五輪の会)、吉田亜矢子さん(反五輪の会)、京極紀子さん(「オリンピック災害」おことわり連絡会)、葉山慧さん(学生、クィア・アクティビスト)、聞き手/本山さんが語っている。
 すべてを紹介できないが、あえて反五輪運動にとって今後も深めていく論点をピックアップした。
 第一は、「『女性』が続けやすい反五輪運動とは?」という観点からこの間の実践を通して、いくつか教訓的な事例を語っている。

 吉田/「運動を大きくするより、関わる人が主体的に表現して、矛盾があったら我慢せずに話し合うとか、納得しながら進めるようにしてきたところがあると思います。マッチョな運動に失望してた私が関わっていられたのは、そこじゃないかな」。
 いちむら/「女性がイニシアチブを発揮してきました。もちろんそこにフェミニズムが欠かせなかったですね。また、活動家のセクハラに対して、もううんざりだっていうメンバーも集まっていますからね。ただ、反五輪運動がそうじゃなかったかというと、言い切れないけど……。だから、抗議行動の場で問題があれば、誰かが指摘できるような雰囲気はつねに目指してました。そこで学べるし、反省できるし、そうじゃないとつながっていかない。『個人の問題だ』と流さない。それはほかではできなかったことじゃないかな」。

 運動内の民主主義は重要だ。だが、多くの現場は、声が大きいベテラン活動家の仕切り、「協議と合意」によってまとめられていくケースが多い。また、その権力構造を背景とした男主義、性差別主義が温存され、結局、被害者たち、疲弊した仲間はその運動から離れていく。これらの課題は、長年、繰り返されてきた問題でもある。そうであるからこそ繰り返し、浮き彫りにさせながら共有化していく努力が求められるのだ。

 葉山/「オリパラで一番苦しんでいるのは女性だ」って語りが複数出てきて怖かったです。同じ『女性』カテゴリーの中に入れられる存在でも、私と……まあ私はノンバイナリー(自分の性認識が男女という性別のどちらにもはっきり当てはらまない(筆者の説明))なんですけど……、オリパラのせいで入管の中で虐待された移民のトランス女性とでは全く違う経験をしているのに、ひとくくりにするのか、と。一人一人の上にのしかかってくる複合的な差別の実態を、すべて『女性差別』に還元してしまうマジョリティ・フェミニズムの問題性は、ずっと指摘されてきたはずなんですけど……。こういうことの抑圧性がいまだに全然共有されていないんだなと思いました」。

 葉山発言は、異性愛社会、性別二元論によって運動の中でも深く根強いSOGIハラスメント(その人の性自認・性的指向に対するハラスメント)が繰り返されていることの指摘だ。LGBTQ差別を許さない差別禁止法の制定、トランスジェンダー排除、言説の横行を許さない取り組みが求められている。

LGBTQ運動
の限界や課題
 同時に、いちむらさん、葉山さんは、いくつかのLGBTQ運動の限界や課題を次のように指摘している。
 いちむら/「オリパラにLGBTQの運動が乗っかろうとしたりしてましたよね」。
 葉山/「私はプライドハウス東京のことがショックでした。セクマイ(性的少数者)のための安全な場所づくりを、オリパラ公認プログラムとしてやったっていうのが……。オリパラの側もクィアを利用して、クィアも全力でオリパラに寄っていって、そこに乗じて権利回復をしようとしていた。こうやって分断されていくんだなと思いました」。
 吉田/「MISAがレインボーのドレスを着て君が代を歌うというところに向かったから。オリンピックがダイバーシティに入れてあげるものとあげないもの、って選別するマシンみたいになっている」。

 プライドハウス東京は、「セクターを超えた団体・個人・企業が連帯し、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるタイミングを契機と捉え、LGBTQ+などのセクシュアル・マイノリティに関る情報発信を行う、ホスピタリティ施設を設置し、多様性に関する様々なイベントやコンテンツの提供を目指すプロジェクトです」と自己紹介している。葉山さんが言うように東京2020オリンピック・パラリンピック大会賛同を前提にLGBTQ+権利主張を広げていく戦略・戦術を選択した。さらに大会後、「今後に向けての声明」を明らかにし、「可視化された課題」などを提起している。「前向きな成果」では「開会式において、国歌斉唱をしたアーティストが性の多様性の象徴であるレインボーのドレスを着用した」と評価している。
 そもそもオリンピック・パラリンピック大会は、国家主義・ナショナリズム・国威発揚・差別・競争主義・優性思想、金儲け主義に貫かれており、だからこそ政府・支配者たちは、コロナ感染が拡大していても民衆の命を軽視して強行した。天皇制と戦争賛美の「君が代」なんか認めることはできないのはもちろんだが、MISAに「君が代」を歌わさせる演出力(様々な広告会社、音楽事務所が群がった結果として)、そして民衆のコロナ不安の中で統合・合意させるすさまじいエネルギーを持っていたと言える。
 プライドハウス東京などの流れのように目的意識的に参入した選択を支持することはできない。だが、私たちが求められている姿勢は、単純な批判と排除、切り捨てではなく、現実に存在する距離感に対していかにアプローチしていくのか問われ続けていることは確かだ。交流し、学びながらコミュニケーションを深めていくべきである。

 問題を掘り下げる論文

 座談会で浮上した問題をさらに掘り下げる論文が堀江有里さんの「『メディアの祭典』に利用される『LGBT』~東京五輪、そしてこれから」だ。
 堀江さんは、大会の「『多様性と調和』というスローガンのもとにLGBTが利用されていく状況もあったわけだ」とよりシャープに批判する。そして、「『ダイバーシティ戦略』によって性的マイノリティがあまりにもきれいにまとめあげられていく様相を目前にしつつ、いったい、この先、どのような対抗戦略を立てうるのかと考えさせられる。東京五輪は、性的マイノリティの活動に従事してきた人びとにあまりにも大きな課題を押しつけてきてしまったのではないだろうか」。
 さらに「東京五輪を一つの契機として、かたちづくられてきた『LGBTブーム』。そもそも『LGBT』という言葉が日本で広がってきた背景には、市場(マーケット)の論理がある。『ダイバーインクルージョン』という概念が経営学として使われてきたように、『LGBTブーム』は人権課題としてよりも、利益を生み出す資本の論理によって牽引されてきたといえる」と総括する。
 そのうえで「すでに国家や市場によって性的マイノリティが利用されるという道筋を、わたしたちの社会はもうだいぶ前からたどってきているのかもしれない。その延長線上に、性的マイノリティたちの『日本型祝賀資本主義』(鵜飼哲)への迎合があるにすぎないのだ」と結論づける。
 補論として「利用主義は国家だけではない」と提示し、「性の多様性をネタにしようとする人たちの広がり」を批判している。
 いずれにしてもLGBTQ+権利主張の取り組みに対してどのようなスタンス、態度で向き合い、排除ではなく共に歩んでいくことができるのか。鋭く問われ続けていることを確認し、少しででも次の一歩にむけて進めていきたい。
(遠山裕樹)

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

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