台湾:GDPでは韓国を超えたが賃金は何倍も差がある

人間は不動産にも劣る?

2025年10月9日 程以凡

 香港出身の仲間を中心に運営されているウェブサイト『無国界社運』(ボーダレス・ムーブメント)に掲載された台湾人の論考を掲載する。「台湾有事」を口実とした日米の軍備拡張に対して説得力のある反論や行動を構築するうえで、台湾民衆が直面する様々な課題を無視することはできない。台湾ブルジョアジーは中国大陸を含む世界のグローバル資本主義市場を通じた生き残りに賭けている。本論稿では、台湾を含む東アジアの労働者民衆が、グローバル資本主義とは違う別の東アジアを選択しなければならないことを示唆している。(「週刊かけはし」編集部)
ウェブサイト《無國界社運 Borderless Movement》掲載
https://borderless-hk.com/2025/10/09/%e5%8f%b0%e7%81%a3-gdp-%e9%9f%93%e5%9c%8b/

 最近、あるYouTube動画が話題を呼んでいる。それによると、台湾の一人当たりGDPはすでに韓国を超えているにもかかわらず、多くの人はそれを実感できず、むしろ「給料は韓国人の半分程度」と感じているそうだ。動画は「国富帳」のデータを使い、ある皮肉な現象を指摘している。台湾全体の価値(7・2兆ドル)は韓国よりも高いのに、その「高さ」のほとんどは不動産によるもので、人(労働力)による価値ではないというものだ。
 言い換えると、台湾では「人」よりも「壁(建物や土地といった不動産)」の方が価値があるということだ。
 さらに動画では、韓国の国家財産において、人的資本(全国の労働力の総価値)はその他の資産の2倍近くに達しているのに対し、台湾では人的資本は不動産の半分にも満たないと説明されている。これが、GDPの数字は見栄えが良いのに、賃金水準は停滞し、生活の負担は重く、資金が「人」ではなく「土地や建物」に流れている理由だという。
 この分析は非常に鋭く、多くの人の痛みを突いている。しかし、さらに一歩進んで「なぜこうなっているのか?」「賃金を上げれば問題は解決するのか?」と問い直してみると、動画の分析の枠組みにはまだ不足があることが分かる。

「賃金の上昇」と「生産性の自動的な向上」はイコールにあらず


 動画では暗に「韓国のように人材を重視して賃金を上げれば、労働生産性も向上し、経済全体も成長する」といった前提があるようだ。しかし、現実はそう単純ではない。
 マルクス経済学の観点から見ると、賃金と利益は本質的に対立関係にある。労働者が生み出した価値のうち、一部は賃金として戻ってくるが、残りは資本家の利益となる。もし賃金が上昇して、その他の条件が変わらなければ、資本の利益率は下がることになる。
 資本主導の経済体制では、これにより以下の2つの反応が起こりえる。
 資本の海外逃避:企業が生産拠点をより賃金の安い地域(かつて台湾企業が中国や東南アジアに進出したように)へ移す。
 投資の減少:利益が薄くなることで、資本家は研究開発・設備投資・社員教育への投資を渋り、代わりに「確実に儲かる」投機、例えば不動産投資に流れる。
 これこそが台湾のジレンマである。必ずしも経営者が高い賃金を負担したくないというわけではなく、現行の資本蓄積モデルが「低賃金で競争力を維持する」ことに依存しているからである。この構造が変わらない限り、「人材の価値を高めよう」といった掛け声だけでは、むしろ産業の空洞化を加速させてしまい、生産性の向上にはつながらない。
 言い換えれば、問題は「人が安すぎる」ことにあるのではなく、経済システム全体が人を交換可能な部品として扱い、利益追求を最優先とし、市場が飽和すると非生産的な投機へと向かってしまうことにある。

「不動産という幻想」──台湾式資本主義の正当性の源泉


 過去数十年にわたり、台湾社会が低賃金や貧富の格差を受け入れてきたのは、ある種の「不動産という幻想」によって社会の安定が保たれてきたからだと言える。たとえ給料が上がらなくても、家の価格さえ上がれば、誰もが「書類上の富裕層」にはなれるという幻想だ。
 この幻想は、偽りの階層上位移行という幻想を生み出した。親世代が節約して家を買い、その家の値上がりを元手に子どもが頭金を払い新たな家を購入する──まるで「努力すれば報われる」かのような感覚だ。政府もこの構図を歓迎していた。不動産市場の活況はGDPを押し上げ、税収を増やし、金融システムを安定させると同時に、賃金停滞に対する不満をうまくそらす効果もあった。
 しかし、こうした正当性は今や急速に崩れつつある。
 まず、住宅価格はもはや中間層ですら手が出せない水準にまで高騰した。若い世代は「20年間なにも消費せずに働き続けてもワンルームすら買えない」と気づき、「家を持てば中流階級」という神話は崩れ去っている。
 次に、不動産の値上がりは実質的な所得増にはつながっていない。ほとんどの人が所有している資産とは自分の住んでいる「自宅」であり、住む場所を売って現金化することはできない。書類上の資産は増えても、結婚・出産・起業といった人生の重要な決断すらためらう状況にある。動画の中の一言がこれを象徴している。「家があるからって金持ち扱いされても困る。家の壁を食って生きていけっていうのか?」。
 そして最後に、不動産バブルが本来なら実体経済に回るべき資金を吸い上げている。家計の貯蓄、企業の利益、さらには年金までもが不動産市場に流れ込むなか、教育・交通・介護といった、「人間の価値」を高める分野への投資が長期的に不足している。
 この「不動産という幻想」がもはや低賃金の現実を覆い隠せなくなった今、社会全体の正当性の危機に直面している。ゆえに多くの人々の間で次のような疑問が提起されている。「GDPがいくら大きくても、それが自分と何の関係があるのか」と。

真の問題:利潤はどこへ消えたのか?

 マルクス主義は私たちにこう教えている。社会の豊かさは、GDPや不動産価格だけで測るべきではなく、「誰が生産を支配し、誰が利潤の使い道を決めているか」をしっかりと見るべきだと。
 たとえば、TSMC〔台湾積体電路製造股份有限公司=台湾にある世界最大の半導体受託製造企業〕の生産額は年間で数兆台湾元〔1台湾元=約4・9円〕にも達するが、その株式の約73%は外国資本が保有しており、利益の多くは海外へと流出している。一方、多くの中小企業は利益がごくわずかで、賃金を上げる余裕もなく、コスト削減に追われている。
 そして、社会全体で見ても、家計の貯蓄や企業の利益といった資本の大部分は不動産に流れ込み、住宅価格を押し上げているが、教育・交通・保育といった公共分野への投資にはつながっていない。
 その結果、一部には資産価値の上昇で富を得る人間がいるが、大多数の住民はローンや借金で家賃を払わねばならず、社会全体としての生産力は抑制されることになる。問題は「人的資本が足りない」ことではなく、資本の誤った配分と民主的な意思決定の欠如にある。

解決の鍵:「社会的所有」への道


 この悪循環を断ち切るには、市場の力や道徳的訴えに頼るだけでは不十分である。必要なのは制度的な変革である。つまり「社会的所有(social ownership)」の意義がここにある。
 ここで言う「社会的所有」とは、「政府がすべてを管理すること」ではない。生産手段の支配権と利益の受益権を社会全体に取り戻し、民主的な方法で経済リソースの使い道を決めることを意味する。具体的には、次の3つのアプローチが考えられる。

1.住宅は基本的権利であり、投機の対象ではない

 土地と住宅を市場論理から解放し、社会住宅や地域コミュニティの土地信託(Community Land Trust)を推進する。若者が生涯賃金を住宅購入に費やす必要のない社会が実現できれば、生活コストを引き下げるだけでなく、消費やイノベーションへの余力も生まれるだろう。

2.重要産業の利益は全人民のものに

 たとえばTSMCのような企業の株式の一部を「社会福祉基金」に組み入れ、その配当を住民全体に配分したり公共投資に充てることも可能である。こうすることで台湾人は「受託生産」だけではなく、科学技術が生み出す配当の共同の受益者となることができる。

3,利潤は「人間の再生産」に投資する

 利潤を不動産ではなく、教育・交通・介護などの分野に振り向ける。短期的な利益は生み出せないが、長期的には労働力と生活全体の質を高め、「高い賃金 → 高い生産性 → 高い需要」という好循環を生み出す。

経済の中心に「労働」を取り戻そう

 台湾の問題は、「努力が足りない」とか「人材に価値がない」といったことにあるのではなく、長きにわたる経済システムが人間をコストとみなし、不動産を資産とみなして崇拝してきたことにある。
 この現状を変えるために私たちに必要なのは、ただの数字のうえだけの「高い賃金」ではなく、労働者が権力を持つ経済体制である。台湾が次に進むべき道は、「低賃金で輸出競争力を維持する」のか「不動産価格で国家の富を語る」のかという二択ではなく、こう問い直すことである。私たちの経済は、いったい誰のために存在しているのか、と。

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