ネパール:南アジアの新しい時代とZ世代の決起 (上)

腐敗・圧政への怒りで政権を打倒

フェイジ・イスマイル、フレイザー・サグデン

 ネパールで9月8日以降の反政府デモでカドガ・プラサード・シャルマ・オリ首相が辞任したあと、同12日、元最高裁判所長官のスシラ・カルキが暫定首相に就任し、主要閣僚が任命された。暫定政権の下で2026年3月5日に総選挙が実施される。本紙ではネパールの反政府デモに関連して9月29日号の1面と6面にアジアの19組織の共同声明と論評を掲載し、南アジアの新しい世代の決起に注目している。以下はアフリカ大陸における政治・社会・文化的問題について植民地主義と搾取に関わる批判的観点から取り上げているポッドキャスト『Africa is a Country(アフリカは1つだ)』(AIAC)で公開されている論評で、原題は「Nepal’s New Reality(ネパールの新しい現実)」(2025年9月19日付)。発言者のフェイジ・イスマイルはロンドン大学ゴールドスミス校の教員、英国のマルクス主義グループ「カウンターファイア」の活動家。フレイザー・サグデンはバーミンガム大学の地理学准教授・農業政治経済学者。2人の発言をもとにAIACのホルヘ・コスタが書き起こしたもの。小見出しは訳者による。

王政打倒後の政権への不信、決起から48時間で政権は崩壊

 今週[9月第2週]ネパールで起こったデモは空前の規模でした。全国の主要都市や村で広がった若者を中心とした抗議運動はわずか48時間で、2006年の革命以来ネパールの政治を支配してきた体制を完全に崩壊させました。Z世代の運動は警察による残忍な弾圧に直面し、騒乱による死者数は現在70人を超えています。
 オリ首相が辞任し、デモの2日目にはデモに侵入していた者たちによる広範な暴動と放火が目撃されました。全国で政府の庁舎が襲撃され、最高裁判所やシンハー・ダルバール宮殿(国会と主要省庁が設置されている)も破損しました。政治指導者の住居や企業の建物も放火されました。
 こうした政情不安はネパールでは新しいことではありません。ネパール共産党(マオイスト)は10年にわたる内戦を主導し、200年にわたる封建制、不平等な貿易体制、それに伴う経済停滞の中で立ち上がりつつあった都市労働者階級と農民からの大衆的支持を集めてきました。内戦は06年に終結し、240年続いた王政は打倒されました。マオイストたちは新憲法制定を公約に掲げてメインストリームの政治に参加するようになりましたが、一連の政治的失策と公約違反に対する民衆の失望を経て、旧勢力、つまり内戦前にこの国の政治を支配していたメインストリームの政党が、長年にわたって草の根レベルで築いてきた強力な縁故関係に支えられて急速に支持基盤を取り戻しました。
 2013年の選挙では中道派のネパール会議派と、「共産主義者」を名乗っていますがすでに左翼の見せかけをほぼ投げ捨ててしまっている統一マルクス・レーニン主義党(UML)が勝利して新憲法の起草を主導し、暫定憲法の進歩的な要素の多くを骨抜きにしました。マオイストは第三党に転落しました。
 2015年、新憲法公布の数週間前から、大衆的騒乱の新しいラウンドが始まりました。失望が最も顕著だったのは人口の3分の1以上を占める先住民族で、特にネパール南部平原地帯の最大民族であるマデシの居住地域においてでした。この地域の人々は自治の拡大と代表権の保証を憲法に明記することを求めていました。この運動も警察による残忍な弾圧に直面しました。それは今週カトマンズで発生した一連の出来事とも不穏なほど通底しています。
 この時期の騒乱の中で政権に上りつめたのがオリでした。彼は平原地帯での騒乱とその後のインドの介入を利用して、自らを民族主義的な強いリーダーとして位置づけ、いかなる犠牲を払っても強引に新憲法を成立させようとしました。それはネパールの少数民族に多くの犠牲を強いるものでした。平原地帯が燃え上がる中、カトマンズの一部の地域では新憲法の制定を祝う声が上がりました。

2015年の敗北とマオイスト的「真正左派」の終焉


 15年の出来事はネパールにおける先住民運動とマデシの運動の事実上の解体をもたらしただけでなく、「真の左翼」という選択肢の終焉でもありました。マオイストの党の残滓は何度かの分裂を経て、ネパール会議派またはUMLのどちらかが主導する一連の連立政権に加わり、体制に深く関与することとなり、この3党がその後十年間、政治の舞台を支配しました。
 今週、このすべてが一変したのです。メディアではX、Facebook、WhatsAppなどのソーシャルメディアの禁止に関する法案に抗議して若者たちが街頭に繰り出したと報じていますが、これは多くのきっかけの一つに過ぎません。抗議行動が最もはっきりと表現していたのは、政治エリートたちが重ねてきた腐敗、不処罰と蓄財に対する怒りと嫌悪感でした。
 ネパールには多くの固有の特徴があり、その内の一つは歴史的に世界経済から相対的に孤立してきたことです。しかし、今週の政治的騒動はアジア、ラテンアメリカ、アフリカ、東ヨーロッパの低所得・中所得国で起こっているグローバルな現象の一環です。ネパールもアジアの多くの地域と同様に、急速な政治・経済変化を経験してきました。30年にわたる新自由主義は貧困層と労働者階級を見捨て、国際市場への統合の進展は格差の拡大、生活費の高騰、農村の市場経済化をもたらし、それに伴って現金への需要が急増しています。
 これは輸入に依存する多くの国と同様に、ネパールでも特に最貧困層に大きな打撃を与えてきました。国内の一部地域ではそれが非常に急激に進み、06年の内戦終結の後、山岳地帯の奥深くまで道路が拡張されたことをきっかけに始まりました。南アジアと東南アジアの農村部ではどこでも、農業で家族の生計を維持するのはますます困難になり、グローバル化した文化の流れに接した若い世代は、上の世代の苦難を知っていることもあり、農村での生活への関心を失いつつあります。

グローバル化、労働力の流出の中で教育への期待が高まる


 西欧の多くの地域で18世紀後半から19世紀にかけて自給自足的な農業からの移行が進みましたが、このプロセスは国家と地主による暴力と土地の略奪を顕著な特徴としていました。農民は拡大する都市労働者階級に速やかに統合され、次第に少数の農民が熟練工や専門職へと移行しました。中国でも同様の移行が、もっと長い時間がかかっていますが、ある程度起こっています。しかし、ネパール、バングラデシュ、スリランカ、フィリピン、インドネシアなどのアジアの低所得国・中所得国ではマクロ経済的な背景が大きく異なります。
 これらの国では多くの場合、経済が帝国主義と不平等貿易体制によって歪められてきました。農村では将来性が限られている膨大な数の労働力を吸収できる産業部門は存在せず、以前は存在していた限られた産業も売却され、私有化されています。それでもグローバル経済の多極化が進むにつれて、国内ではなく海外で就労機会が拡大しています。
 このような状況の下で、特に過去二十年間に、ユニークな政治経済的均衡が成立するようになりました。ヨーロッパとは異なり資本主義的農業は発展せず、農民は将来性が限られているにもかかわらず、今まで通り生活しています。多くの世帯は農業に従事しながら、同時に出稼ぎ労働にも参加しており、多くの場合、若い男性(および一部の女性)は高所得国で働いています。移民の経路はネパール、バングラデシュ、フィリピンから湾岸諸国へ、あるいはカンボジアからタイへ、キルギスタンからロシアへと多様ですが、いずれの場合も基本的な経済プロセスは同じです。それは「二重の生計手段」という戦略です。つまり海外からの送金が世帯に必要な現金を提供し、農業が残った家族の食料を提供することで何かが起こっても一応の安心感が得られるということです。
 この地域全体で、農業からの移行に伴って高等教育が劇的に拡大し、若者の技能レベルも向上しています。農村では、子供たちを自給自足農業と海外での過酷な労働という果てしない循環から脱出させたいと切望する親世代が若者の教育に多額の投資を行っています。ネパールでは多くの家族が出稼ぎ先からの送金を教育に投資しています。南アジアで非常に拡大している高い授業料の私立校だけでなく、卒業後の教育への投資も盛んです。教育を受ければ、急成長を遂げるサービス部門(90年代以降のネパールで大きな成長を遂げている)での就労の可能性、あるいはヨーロッパ、オーストラリア、韓国、日本等の高収入が期待できる国への移住の可能性も生まれます。

デジタルコミュニティを通じた政治意識の高まり

 農村では質の高い教育機関が限られているため、この20年間に、教育部門が主導する農村から都市への移住の新しい波が起こりました。ネパールでは、カトマンズだけでなく、ポカラ、ビラトナガル、イタハリ等の中規模都市、さらには小規模ながら急成長している郡庁所在地など都市部への大規模な移住が起こっています。
 そのような移住者の多くは中農の中および上層、つまりある程度の土地と資産を持ち、担保付き融資を受けられる、町で小さな土地を購入して家を建てる資力がある人々です。多くの場合、これらの移住者は出身の村と何らかのつながりを維持しています。たとえば祖父母が農業を続けているなどです。また、すでに海外に家族がいて、その送金で大学や学校の学費を賄っている場合も少なくありません。彼ら・彼女らは両親が一世代か二世代前に農業を離れ、より安定した生活をしている都市の若者たちと合流して、中流階級の希望を共有しています。
 しかし、高等教育部門の成長と教育水準の向上は、高収入の専門職の拡大のペースを大きく上回っています。ネパールのような新自由主義的で、サービス産業化を指向する輸入依存型経済が急増する高学歴の若者を吸収する力はごく限られています。その一方で、サービス部門で人気のある仕事へのアクセスは多くの場合、政治的なコネやカーストのネットワークを持たない、あるいは授業料が高騰する私立学校に通う余裕のない人々にとっては手の届かないものとなっています。
 都市に新たに移住してきた若者の多くは「高学歴の失業者」の巨大な予備軍に加わりつつあります。これはネパールだけでなく全世界で、21世紀における最大の政治的あるいは政策上のジレンマの一つとなっています。この急成長する人口統計上の集団は今では一つの有力な政治勢力となっています。インターネットやソーシャルメディアに迅速にアクセスできることによって、富裕層も貧困層も同じように若者のためのデジタルコミュニティを形成してきただけでなく、若者の政治意識も高まっています。
(つづく)

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