キューバ/米国 キューバ訪問2026
革命後最大の危機に直面
米国にキューバ封鎖止めさせる国際圧力を
ロバート・バートレット
トランプが彼の攻撃的な政策を追い求めているまさにその時に、米国の市民たちはキューバに対する彼らの連帯を示す組織化を行っている。(IV編集部)
筆者は「キューバ労働者との関係構築へ」の代表団と共に2026年メーデー週間の間キューバを訪れた。65年以上にわたる米国の禁輸とこの間の石油封鎖によるいくつもの影響はあらゆるところで見られた。
一目瞭然の影響がそこここに
空港は事実上がら空きだった。往復飛行に十分な燃料を積むことができたもの以外、飛行機に給油するために必要な航空燃料がないため、ターミナルはひとつを除いて他は閉鎖されていた。カナダは、その航空会社がキューバ便を取り消し、観光とその所得をそぎ落とした多くの国のひとつだった。他の諸国も似たような影響を受けた。
キューバ革命は今日、1961年のピッグ湾侵攻以来もっとも深刻な脅威下にある。その侵攻は打ち破られたが、しかしキューバ政府を打倒あるいは転覆するという米国の意図は、権力を握る者が民主党であるか共和党であるかに関わりなく、全く終わることがなく続いてきた。今日、この国全体に対し行使された経済的圧力は、軍事行動の実体的蓋然性を伴って決定的な点に達しようとしている。
観光業は事実上全停止状態にある。これは、国際市場で製品を購入するために必要な外貨の主な源のひとつを劇的に減少させることになった。
トランプ政権は、石油のタンカー輸送に関する禁輸と並んで、キューバへの投資を続ける企業に対し制裁の脅しによる圧力を引き上げた。そして今や、キューバ内でのVISAカードやマスターカード取引を処理し続けていた銀行に圧力をかけている。
スペインのリゾート・チェーン2社である各々12と15のホテルを操業しているイベロスターとメリアは、キューバの政府機関であるGAESAとのパートナーシップから撤退しつつある、と公表したばかりだ。ニューヨークタイムズによれば何十ものホテルを経営していたカナダ企業のブルー・ダイアモンドもまた去ろうとしている。
ハバナ・ビエハの街頭に立つと、植民地時代の建物やレストランとホテルの迷路からなる観光の磁極は事実上見捨てられていた。かれらのビンテージものの1950年代の自家用車で訪問客を運び回っていたと思われる人々はほとんどいず、普通なら開いていると思われるレストランは、観光客に娯楽を与える音楽クラブと共に閉じられていた。
それにはゴーストタウンの雰囲気があったが、依然として住民がいるそれなのだ。ベネズエラ石油の封鎖のせいで、交通はまばらで、ガソリン車よりも電気自動車やバイクが多かった。この島を縦断する主要高速道路では、自動車もバスもトラックもほんの僅かだった。石油不足は、人々が商品を動かすために必要な仕組みに大混乱を加えている。
停電と日常生活
停電はこの島のあらゆる地域で普通のことであり、おそらく田舎ではより長い。われわれが訪れたビナレスの町では、電力は半日以下しか届かず、人々はかれらができる間に電気自動車やバッテリーに蓄電するだろう。筆者は10日間の中で開いているガソリンスタンドを全く見なかった。
全体の中では少数派になるが、ソーラーパネルをもつだけの富を得ていた何人かの人々は、それらを日毎に家に給電するため、そして停電時のためにバッテリーにエネルギーを貯めるため利用している。
物価は上昇してきた。そして米ドルを入手するための交換比率は、闇市場で1ドル当たり500ペソ以上に跳ね上がっている。毎月定量で利用できる基礎食糧を補うドル店舗の利用はそれに応じて減っている。
われわれが話した人々によれば、平均の基礎的俸給は大雑把に3000から4000キューバ・ペソ(月額で6ドルから8ドル)だ。そしてそれは十分ではない。これはわれわれが会話した多くの人々を、生き延びるために3つ、あるいは4つまでの職で働かざるを得なくさせている。これは、この長期に続く経済的飢餓政策の作用を強めてきた。
人々は何を考えているか?
先ず、かれらが今個人的に直面している諸困難、またかれらがかれらの生活がどのようなものであって欲しいか、について自由に話すことへの躊躇などは全くない。われわれはわれわれの旅の中で、アーティスト、私有のレストラン業の労働者、医療関係の人々、また公衆衛生、バイオテクノロジー、教育、農場にわたるさまざまな機関の指導者たち、さらにビナレスのわれわれを迎え入れた家族と出合った。
スペイン語での流暢ではないもののできた限定された会話、またその英語が筆者のスペイン語よりもましだった人々とのもっと長い会話は、われわれの代表団の他のメンバーが共有した会話と共に、似たような絵柄を示した。
人々はもっとよい生活を夢見てきたが、しかしかれらは、かれらの夢は他の国でならおそらくもっと達成されそうになることも可能だろうと考えるような日々の現実にぶつかっている。より若い者たちは、旅行できることを願い、かれらの生活はもうひとつの国で、度々ふれられたひとつの行き先である欧州で、もっとよくなる可能性もある、と確信していた。
緊縮と移民
われわれの代表団に植民地時代の日々から現在までのキューバ史を話したひとりの都市計画家は、1990年のソ連邦崩壊による経済への影響、最初の「特別期」の始まり、およびキューバからの相当な国外移住について話す中で、何らかの全体的流れを示した。
彼は、この10年を通じた移民の65%はハバナからで、ほとんどは十分な教育を受けている、と述べた。それは印象的であり、不安を呼び起こすものだ。何せ、現在の緊縮条件下では最良の教育を受けた人々のある者たちが将来に期待していないのだから、
これがひとつの現実であり、やるべきことに関する人々の表現なのだ。そしてそのやるべきことは、予想可能な将来での生活改善を期待せず、それゆえ国を離れたがっている者たちから、どんなやり方であれこの苦しみをただ止めたがっている者たちまでの広がりがある。
大学教育を受けたレストランのフロア係りと筆者が交わした長い会話で、彼は、米国を支持できないと言明したものの、彼が語った批判は、資力をもつ者たちがこのシステムと勝負する方法をもっているような、キューバのシステム内部の不平等だった。筆者が教育や識字や公衆衛生の分野における革命の成果のいくつかをもち出した時には、彼は受け容れがたい雰囲気を示した。
社会の小さな1例から全般化するのは賢明でない。しかし筆者がもった印象は、過去35年の経済的影響が、革命の主要な成果におけるひとつの腐食になっている、というものだ。そしてその成果こそ、外国の所有による卑屈、無学、さらに搾取から、つまり砂糖生産とハバナにおける不快なやくざ者の影響力に支配されたひとつの経済から、1国を連れ出したということだった。
一国での社会主義?
キューバ滞在は筆者に、米国が資金を出し指揮したコントラ戦争の前とその最中におけるニカラガ訪問を思い出させた。反革命戦争が始まる2年前、学校や診療所や、以前にはただ社会の小さな層にだけ利用可能だった他の社会サービスにいくつかの投資が行われつつあった。戦争が始まると、1980年から1982年に試みられたことから革命の防衛への、資金の振り向けを迫られた影響は明白だった。
キューバで筆者が見ることのできた影響の理由は、世界市場で利用できる資材入手の欠乏であり、またその入手が直接的には米国によって拒絶されているか、間接的にはキューバと貿易する意志のある他の諸国に対するワシントンの経済的かつ政治的な脅迫により拒絶されているか、のどちらかだった。
小さく開発途上のあらゆる国が、産業の能力と規模の経済があらゆる小国が呼び集めることができるものよりも効率のいい、そうしたより大きな国との競争に挑む中で気力をくじくような試練を前にしている。これがそれらの国を、貿易と現地では製造され得ない商品の購買に関し依存的にする。これがあらゆる小国を、社会主義的だろうがそうでなかろうが、市場の圧力に、また価値を付加された産品を高く買いつつ安く売るという不平等に従わせる。
1例はバイオテクノロジー研究センターだ。キューバは医薬品とワクチンを開発できると正当な誇りをもっている。しかし、諸会議を通した国際的な科学界への限られた接触、および最新テクノロジー――自動化されたゲノム配列識別、逆転写技術、新たなRNAワクチンを生産するために利用された制限酵素のような――を買い入れる余裕のなさが、新たな医薬品開発を遅らせている。
これらは、製造が難しく、買うには高価な製品だ。旧式なテクノロジーの利用は依然有効だが、それは同時に、生産を妨げ、科学者たちに国外移住のような他の選択肢を追い求める動機を与えてもいる。
生き延びるための妥協
経済封鎖に立ち向かう中でキューバが直面している挑戦課題は数多く、その圧力に耐えるための仕組みをうまく処理するよう導いてきた。キューバ社会内にある基礎的な分割線は、観光業かキューバ外で暮らす親類からの送金かのどちらかを利用できる人々と、そうできない人びとの間にある。
多くの人々には、国外移住し、キューバに送金するような家族がいる。同時に、もっと少ない人々が今や消え去った観光経済に直接のつながりをもち、そこではレストランやホテルでの日々のチップが学校教員や医師の月給に匹敵する可能性がある。ドルをもつこれらの人々は、ドル店舗の利用を通してかれらの日常の食物を補うことができる。他方ドルをもたない人々は、多くの職を通した補助的所得にさらに一層依存している。
ソ連邦崩壊以後の経済は、平行的な国家と私的部門へと進展することになった。観光を基礎にした私的部門が俸給として相当なマネーを注入し、国家部門が基礎食料手当や公衆衛生や教育に助成し続けるのを助けているとしても、それは米国の諸行為からなる圧力には脆く、二重システムに付随する不平等を巡る憤りに導く可能性もあるのだ。
経済封鎖を終わらせることは、以下のようなことをこの島に可能にさせると思われる。たとえば観光のような国際決済可能な手段の取り戻しだ。また石油やキューバでの供給が不十分な他の産品を購入できるように、医師が他の国で医療ケアを提供できるにする、バーター取り決めの復活もある。それは、多くが仕事に出かけるために必要とされている公共交通を復活させるだろう。
実際の諸物資入手がどれほどの早さで生産を回復し始め、住民が今苦しんでいるもっとも悲惨な影響のいくつかを軽くし始めるか、それを正確に見積もるのは困難だ。期間を長く見ても、石油から太陽光や他の再生可能資源への継続的なエネルギー資源転換は長い時間を要することになり、もっとも容易には中国からの購買により達成され、こうしてあらためて国際決済手段に頼ることになるだろう。
農業は、同じく試練に直面している産業だ。農場での暮らしはどの国でも過酷であり、人々は都市でもっと楽な暮らしをおくることができる。それでも、農産品輸入への依存は最少にされなければならない。
世界市場での砂糖の販売やバーター取引に対する長すぎた依存が、食糧の独立に取り組むのを遅らせた。私が訪れた田舎の町で、われわれを受け容れた主人は今、かれらの農場に車ではなく馬車で通っている。
燃料不足は益々多くの機械類を役立たずにし、市場に出すのを難しくしている。長期的には、持続可能な農業、再生可能エネルギーの生産、均衡の取れた経済のさらなる開発が、不可欠な目標だ。そしてそれらこそ、米国の経済的行為やあり得る軍事行動へのどんな屈服によっても、前進させられることはないだろう。
キューバ人は、この二律背反への、また国際的な対抗圧力や封鎖を打ち破る意志の不足への解決を欲している。全キューバ人内部での革命の将来に関する国内的対話が解決の一部になる必要がある。そしてもちろんわれわれの場合、このキューバ絞め殺しを止める緊急性が重大課題になる。(2026年5月、「アゲンスト・ザ・カレント」より)
▼筆者は、シカゴ郊外で教鞭をとっていた科学教員。「下部教育者コーカズ」の賛助会員で、2018年の退職後、教員のストライキ準備を助ける「連帯部隊」に加わってきた。(「インターナショナルビューポイント」2026年6月15日)

重大な局面にあるキューバを訪れた米国の労働者訪問団
The KAKEHASHI
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