米国 左翼内論争あらためて

どんな種類の選挙政治か?

ダン・ラボッツ

 米国内左翼はあらためていつものように、選挙政治にどう取りかかるか論争中だ。さらに多くの有権者が自らを、共和党(27%)か民主党(27%)かのどちらかというよりも無党派(45%)だと考えている今年、もっと意味があるように見える。

労働者政党の
米国での歴史


 左翼は今、政治的不満層に政治のオルタナティブを贈ることができるだろうか? この問題は、ニュージャージーのラトガース大学労働センターで開催されたトニー・マッツォッキ百年記念会議で再び表に出た。石油、化学、また原子力の労働者の指導者で、1960年代と同70年代に遡って労働者の健康を守る立法を求める闘いにおける中心的人物だったマッツォッキは、遡ること1996年の米労働党を組織する試みにおける推進力だった。その努力の一部だった労組指導者たちが、労働者階級の選挙戦略に関する討論に向けひとつの討論の場を提供したトニーの仕事を思い起こし讃えるパネルで発言した。
 米国はうまくいった労働者の政党を、政治権力を求める実際的挑戦者になるような社会党、あるいは共産党をもったことは一度もない。一番の盛り上がりは、1912年にその大統領候補者のユージン・デブスがほぼ百万票、投票全体の6%を受け取った時、社会党によって達成された。共産党の一番の盛り上がりは、ウィリアム・Z・フォスターが全体の僅か0・3%にあたる10万3千票あまりを受け取った1932年に現れた。
 マッツオッキが創建を助けた労働党は、主要な全国労組のいくつか、および多数の地域労組と支部労組の支持を得て生み出された。しかし党の指導部は、左翼の党が民主党を弱め、共和党を助けるだろうと怖れ、全国選挙で民主党に対立候補を出して挑むのを躊躇し、大統領候補者は一度も出さなかった。そして、2002年のマッツォッキの死により党は次第に消え去り、2007年にその歴史を閉じた。

独立への挑戦か
民主党内活動か


 今日この過去同様、労働者と左翼の活動家および組織はふたつの戦略を提示している。
 10万人のメンバーをもちこの国で最大の社会主義グループのアメリカ民主的社会主義者(DSA)は、これまで独立した社会主義政党の形成を拒絶し、民主党内での立候補を承認し努力しつつ、下院にアレクサンドラ・オカシオ・コルテス、ニューヨークシティ市長にゾーラン・マムダニといった何人かを選出している。
 先の会議でレーバーノーツ専従者のジェニー・ブラウンは、その立場を支持して発言に立ち、DSAの候補者は社会主義者として立候補している運動の活動家、と強調した。勤労者家族党(WFP)もまた、それ自身の候補者をもたずに民主党を支えている。
 マッツォッキの元協力者である労働研究所のレス・レオポルドは、二大政党の離反的労働者階級有権者を労働党の理念に勝ち取るための教育実行を唱えている。
 環境―社会主義の討論の場としていくつかの地方選で勝利している緑の党は、しかし大統領候補者としては0・7%以上を受け取ったことが一度もない。この党は、DSAやWFPから、また極左からまで無視されている。

労働者活動家
が新たな試み


 進歩的な沿岸地域から遠く離れた共和党州のネブラスカでは、機械工で元労組代表、また重要なストライキの指導者だったダン・オズボーンが今無所属として上院議員に立候補している。しかも彼には勝利のチャンスがある。昨年の別の州上院議席に向けた選挙では、民主党が彼に一定の資金援助を与えると決め、彼は得票率47%を獲得した。民主的社会主義者で政治的な自立派であるバーニー・サンダースは、彼の労働者階級的運動を理由にオズボーンを賞讃した。
 オズボーンは上院に「億万長者のために働く百万長者のカントリークラブ」と言及してきた。明らかに彼は、このクラブに乱入し覚醒させることを望んでいる。
 オズボーンは彼自身のやり方で労働党の理念をテスト中、と言ってもよいかもしれない。問題は、ひとつの戦略を模索する中で、もっと多くがいる場合、オズボーンのような労働者階級の候補者と左翼が結合できるか、だ。われわれの未来はそこにあるだろうか?(2026年6月7日)(「インターナショナルビューポイント」2026年6月8日)

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

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