イラン政治犯連帯の公開書簡に反響(上)

「平和と人権のどちらが優先?」という問題でない

小林秀史

 米国・イスラエルとイランの戦争が長期化し、犠牲が拡大する中、イラン国内でイスラム独裁体制に反対し、民主化を求めて抵抗を続けている政治犯(*訳注)が恣意的な拘束、拷問・処刑の恐怖に晒されている。英国「ガーディアン」紙8月20日付に掲載された「イラン政治犯たちへの連帯を表明する公開書簡」はこの実態を告発し、「平和の実現と民主主義・人権のどちらを優先するか」という問題ではないことを強調している。
 この公開書簡をめぐって、ヨーロッパ・アメリカで活動するイランおよび中東ルーツの左翼活動家、ジャーナリスト、研究者(亡命者、移住者またはその2世・3世)を中心に論争が広がっている。和平の希望が失われ、絶望的状況が広がる今、グローバルな戦争反対の運動をどのように継続・活性化するのかをめぐる切迫した議論である。政治犯として政治弾圧と闘い続けてきた活動家や、人権を守り、情報の隠蔽を告発してきたジャーナリスト、研究者たちが、活動している地域の違いや政治的立場・アイデンティティーの違いを超えて共同の公開書簡を通じて、世界の人々にそれを問いかけている。(訳注:「政治犯」には刑事犯として拘束・起訴された多くの人たちも含まれる)

なぜ「公開書簡」に署名したのか

 イラン政治犯への連帯の公開書簡(以下、「公開書簡」)の内容は別掲の「ガーディアン」紙からの抜粋を参照してほしい。公開書簡が起草された背景と経過については、署名者自身の発言を紹介するのが適当だろうと思うが、多くの署名者がSNS上で長文のメッセージを、英語・ペルシャ語・アラビア語や対象とする読者層に対応する言語で発信しているので、ここではフィリピンのドゥテルテ政権下で言論活動への脅迫や不当な告訴と闘い、世界各地の政治犯との連帯・支援運動のネットワークづくりに関わってきたウォルデン・ベロと、シリアのアサド政権下で政治犯となったヤシン・アル=ハジ・サレハの発言を抜粋して紹介する(人名はすべて敬称略)。

ウォルデン・ベロ(FB投稿、8月31日)

 イランに対する米・イスラエルの侵略を非難し、抑圧的な政権下で苦しむイランの政治犯たちへの連帯を表明する声明への署名を求められた時、私には署名するという選択しかありませんでした。その行為は、トランプとネタニヤフに抵抗するイラン政府の決意と勇気に対する私の評価を少しも変えるものではありません。反対意見を持つ人もいましたし、私は彼らの立場も尊重します。そして、その人たちには私たちの意見も尊重してほしいと願っています。
私やアンジェラ・デービス、ムミア・アブ・ジャマルなどの署名者に署名撤回を迫る人たちがいますが、その人たちには「そんなことをして何になる」とだけ言っておきましょう。私たちは強大な資本主義と帝国主義のシステムに立ち向かっているのに、お互いを攻撃し合っている場合ではありません。
 「公開書簡」が帝国主義者の諜報活動の一環だという悪意のある噂が流布されています。イラン国外で政治犯に連帯するメッセージを出してほしいと私たちに訴えたイランの人たちは、そのために自分たちの命を危険にさらすことも覚悟しています。賛同できなくても、せめて礼儀をわきまえてほしいです。無視しても、内容を批判してもかまいませんが、この人たちがテルアビブやワシントンの手先だと示唆し、侮辱するのはやめてほしいです。

ヤシン・アル=ハジ・サレハ(原文はアラビア語、英訳版は「ニュー・ラインズ」誌に9月17日付で公開)

 私たちの「公開書簡」に対する激しい非難は、多くの人々に困惑と悲しみをもたらしました。私自身もこの書簡の署名者の一人であり、元政治犯として、そのような反応に衝撃を受けました。
 ここでは次の3つの事実について述べます。
①公開書簡の公表後数日のうちに、アラブ諸国からの署名者4人が署名を取り下げた
②SNS上での大規模な嫌がらせが署名取り下げの最大の要因だった
③イラン国内外の活動家、元政治犯、学者たちが「公開書簡」に呼応して行動を始めている
 その前に、書簡の内容を概説します(略)。
 「ハサミの2枚の刃の間に挟まれた」というイメージは、イランの政治犯自身が自分たちの窮状を表現するために用いたものであり、イランの活動家ファラ・モフタルザデや、研究者ファテメ・シャムスが最近のエッセイの中で繰り返し言及しています。このイメージが「侵略された側のイラン政府と、侵略者であるアメリカおよびイスラエルを同列にしている」という非難の的になっています。
 もし私たちが戦争の地政学的分析を目的としているのなら、この批判は妥当かもしれません。しかし、イラン政権の犠牲者であり、公開書簡が連帯を差し伸べようとしている政治犯の立場からすれば、その批判は見当違いです。
 イランの政治犯(死刑判決を受けた者を含む)は、政権が外部からの攻撃を受けているというだけの理由で、自分たちを投獄し、拷問し、殺害する政権に対する批判を控えなければならないのでしょうか? むしろ、イラン政権が政治犯を釈放し、公正な法制度を構築すれば、アメリカとイスラエルの攻撃に立ち向かう上で、道義的優位性を補強できるのではないでしょうか?
敵は誰なのですか? 「資本主義とそこから派生した帝国主義、植民地主義?」 それなら反帝国主義のスローガンを叫びながら拷問や殺害、虐殺を行う者たちはどうなのですか? 帝国主義とそのような「亜帝国主義」(ブラジルの思想家ルイ・マウロ・マリーニによる造語)の間で紛争が勃発するたびに、虐殺の犠牲者が「反帝国主義的」な処刑者の側に立つことを期待されるのはなぜでしょうか?
 地政学的な観点から見ても、イラン・イスラム共和国は帝国主義的なやり方でシリア、レバノン、イラク、イエメンにおいて宗教による分断政策を進め、これらの諸国の衰退を促進しました。
 公開書簡を非難する左派活動家のヴィジャイ・プラサードは、イランがこれらの諸国を自国の安全保障上の緩衝地帯として利用していることについて語る際、シリア人、レバノン人、イラク人、イエメン人の苦しみに対して少なからぬ無神経さを示しています。まるで「これらの諸国には社会や人々の生活が存在しない」、あるいは「犠牲者が連帯に値するのは、加害者がたまたま政権の敵である場合に限られる」と言っているかのようです。
 理論家のハミド・ダバシは、「公開書簡はイラン人政治犯を解放するための人道的介入を求めている」という趣旨の非難を繰り返していますが、公開書簡のどこにもそんなことは書かれていません。彼はまた、イランの知識人が署名から除外されていると非難していますが、公開書簡は尊敬されるイランの知識人たちが執筆し、署名者を募ったものです。署名者をイラン人以外の知識人と元政治犯に限定したのは、イランで投獄されている人々は広範な活動家、思想家、芸術家、労働者であり、この人たちの能動的な役割を尊重するという姿勢と関わっているのです。
 一方で、イラン国内では公開書簡を支持する発言や行動も広がっています。真っ先に支持を表明したモフタルザデやシャムスに続いて、「女性、生命、自由」運動や「ジナのためのフェミニストたち」は署名者たちに感謝の書簡を送りました。公開書簡が発表されてから2週間後にはイラン人の百人以上の知識人、芸術家、元政治犯(現在イランに住んでいる者も含む)が自分の署名入りで連帯の書簡を公表しています。ここにはイラン人自身が、国内の専制政治と植民地支配に対する闘いを自分たちの言葉で表現し、解釈しようとする強い意志があります。
(つづく)

「ハサミの2枚の刃に挟まれたイランの政治犯たちへ」
英国「ガーディアン」紙8月20日付(抜粋)

 8月は1988年にイランで起きた大量処刑の記憶の月である。この惨劇は現在イランで急増している死刑判決として繰り返されている。また、8月19日は1953年に英国と米国が画策したモハンマド・モサデク首相に対するクーデターの記憶の日である。現在、米国とイスラエルによるイランへの無差別軍事攻撃が続く中、連帯を表明するこの書簡は、国内外の勢力によるイラン国民と政治犯への弾圧を非難するものである。

 イラン全土の刑務所の壁の向こう側に閉じ込められている活動家、学生、思想家、労働者、芸術家、良心の囚人たちへ。

 私たちは深い連帯の思いからこの手紙を書いています。イランの刑務所であなた方が直面している苦難の現実 ― 拷問、意図的な放置、強制的な沈黙、見せかけの裁判、処刑 ― を知り、胸が締め付けられる思いです。
 私たちは元政治犯、現在拘留中の政治犯、活動家、研究者として奴隷廃止、権威主義反対、帝国主義反対のグローバルなプロジェクトに関わっており、地理的な距離や検閲、インターネット遮断による沈黙を超えて、あなた方に起こっていることを目撃しており、二つの抑圧の源泉が交錯する場所にいるあなた方と連帯します。
 一方には、建国当初から排他的なイデオロギーに基づき絶対的な社会・政治統制を敷いてきたイスラム共和国が存在します。帝国主義勢力に対抗すると主張しながら、支配の論理と監禁、拷問、処刑といった制度を自ら採用した体制です。
 他方には、イスラム共和国が「戦っている」(と主張する)帝国主義勢力とシオニスト勢力の侵略と暴力が存在します。米国とイスラエルは残忍な戦争を引き起こし、民間インフラを破壊し、罪のない女子生徒を殺害し、地域覇権を追求する過程で、あなた方の犠牲を「副次的被害」として扱っています。
 25年6月23日にイスラエルがエヴィン刑務所施設を攻撃し、病院棟、トランスジェンダー棟、面会センターを破壊した惨劇を私たちは決して忘れません。あなた方が「まるで私を投獄し拷問する邪悪な政権と、自由の名の下に私の頭上に爆弾を落とす外国勢力という、ハサミの二枚の刃の間に挟まれているような気分だ」と述べる時、それはこの二重の抑圧を最も的確に明らかにした表現だと言えるでしょう。
 この一年、私たちはハサミの両刃が研ぎ澄まされていく様を目の当たりにしてきた。恣意的な逮捕や、国家による恐ろしい処刑の波を目にしてきました。労働者階級や失業者に対する恣意的な弾圧と脅迫の深刻化、クルド、アラブ、バローチの人々を標的とした迫害、そしてアフガニスタン移民のスケープゴート化を目にしてきました。これらはすべて、抑えきれない人々の思いを抹殺しようとする絶望的な行動です。あらゆる場所に監獄国家の論理が貫かれています。
 イスラエルが「行政拘禁」と称してパレスチナの政治犯を何年も起訴せずに拘束している時、私たちは同じ支配の論理を目にしています。イスラエル当局が、不屈のパレスチナ政治犯を処刑できる新法を祝っている時も、米国政府が人種差別的な排除という政治的意図のために私たちの同胞を投獄する時も、ICEがイスラエルのジェノサイドに反対する発言をした活動家を拘束する時も同じ論理を目にしています。米国が黒人、先住民、プエルトリコ人、その他の反植民地主義運動の活動家を何十年も投獄してきた歴史にも、同じ論理を目にします。
 これらの刑務所システムは互いに情報や統治手法を共有し、連携しています。たとえば1960年代にイランやイスラエルでは米国イリノイ州のUSPマリオン刑務所をモデルにした刑務所が建設されました。国境の壁であれ、刑務所の門であれ、目的は同じです。恐怖、支配、そして孤立を通して人々を沈黙させることです。
 あなた方の闘いは、自由と尊厳を求める私たちの共通の夢と同じように、グローバルなものです。私たちはあなた方と共に立ち、「帝国主義に与する」か「空疎な反帝国主義」かという誤った二項対立を拒否します。私たちは、世界の市民社会と反帝国主義の活動家や組織に対し、私たちの共通の解放のために闘うすべての投獄された仲間たちに無条件の支援と連帯を示し、イランの政治犯との関係を築き、彼ら・彼女らの声を伝え、イスラム共和国の主張に異議を唱えることで圧力をかけ、同政府に対しすべての処刑を直ちに停止し、すべての政治犯を釈放するよう求めることを呼びかけます。
イラン当局は非人道的な死刑と投獄の慣行を直ちに停止しなければならない。米国とイスラエルは私たちのコミュニティを意図的に破壊する野蛮な戦争と残忍な制裁を終わらせなければならない。
連帯と愛を込めて。

署名者(アルファベット順)
アルベルト・トスカーノ(ロンドン大学ゴールドスミス校名誉教授)
アンジェラ・デービス(元政治犯、カリフォルニア大学サンタクルーズ校名誉教授)
バーナディン・ドーン(ノースウェスタン大学法学部名誉教授)
ビル・エアーズ教授(カレッジ・アンバウンド)
シェリー・L・モラガ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校名誉教授、チカーナ・フェミニスト作家、活動家)
ダン・バーガー(ワシントン大学ボセル校教授)
ホッサム・エル・ハマラウィ(エジプトの社会主義者、元政治犯)
ジャイルス・バナジ(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院教授)
ジェイソン・スタンレー(トロント大学教授)
ジュディス・バトラー(カリフォルニア大学バークレー校大学院特別教授)
キーアンガ=ヤマハッタ・テイラー(プリンストン大学教授、アフリカ系アメリカ人研究)
ミシェル・レヴィ(パリ国立科学研究センター名誉主任研究者)
マイケル・マンスフィールド(人権弁護士)
ムミア・アブ=ジャマル(警察官殺害容疑で死刑判決、1982年よりペンシルベニア州の監獄に収監、2001年に連邦地方裁が死刑判決を破棄。有罪判決は維持されているため、現在も無期限の保護監督下)
ナディア・アブ・エル・ハジ(バーナード大学、コロンビア大学教授)
ラシッド・ハリディ(コロンビア大学歴史学部エドワード・サイード名誉教授、中東研究センター所長)
リカルド・ヒメネス(社会活動家、プエルトリコの元政治犯)
ロビン・D・G・ケリー(UCLA名誉教授)
ルハ・ベンジャミン(プリンストン大学教授)
ルース・ウィルソン・ギルモア(ニューヨーク市立大学大学院センター)
シナン・アントゥーン(ニューヨーク大学准教授)
ウォルデン・F・ベロ(ニューヨーク州立大学ビンガムトン校国際非常勤教授)
ヤシン・アル=ハジ・サレハ(シリアの作家、元政治犯)

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