セルビア 学生の抗議運動

運動は今とうてい止まらない

長期に続いた権威主義支配の抜本変革課題に

ウラジーミル・ウンコヴスキ・コリカ

 日本ではほとんど報じられていないが、セルビアで昨年秋から巨大な大衆的抗議の波が続き、今年1月末政府を倒した。セルビアは、ユーゴスラビア解体の前後から民族排外主義扇動と周辺地域での民族浄化的ジェノサイドを続けた権威主義体制が支配してきた国であり、その指導者は戦犯として身柄を拘束され国際裁判の被告になった。その体制が今大きな危機に直面している。世界を覆う政治的不安定化の一断面であり、以下に紹介する。(「かけはし編集部」)

 1月28日、セルビアで進行中の大衆的な抗議運動が政府を倒し、アレクサンドル・ヴチッチ(現セルビア大統領:訳者)の権威主義支配に最大の異議の到来を伝えた。その支配は10年以上当然のこととなっていた。
 できごとの時系列は今、西側メディアの読者に十分知られている。昨年11月1日、ノヴィ・サドの鉄道駅の天蓋が崩れ落ち、15人が死亡した。国が2023年5月におきた大量学校銃撃からまだ回復途上にある中で、多くの人々はこの最新の悲劇の後、ショック状態になり服喪に向かった。
 しかし、ノヴィ・サド崩落の犠牲者を追悼するベルグラード大学演劇学部の学生とスタッフの集会を体制の取り巻きが襲った11月22日、ものごとが変化した。

地域貫く巨大な大衆運動へ

 続く日々、諸学部の封鎖は他の高等教育機関や技術教育機関に広がった。学生たちは、ノヴィ・サド鉄道駅の再建に関する文書全部の公開要求、それだけではなく逮捕された抗議参加者への容疑取り下げ、および抗議参加者に身体的攻撃を行った下級公職者の起訴、授業料20%引き下げ、をも含むいくつかの要求を作成した。
 11月22日の攻撃の1ヵ月後、運動は勢いを得た。高等教育機関の4分の3が占拠された。加えて、反乱の精神が初等、中等学校の生徒と教員を捉えた。すでに国家との間で対立していた教員たちは、最低限の仕事を義務づける諸法令やかれらの妥協的な労組指導部に公然と反抗し、多くの件で無期限ストライキを続けた。
 このストライキはまた、不均質ながら他の部門にも影響を与えた。メディア労働者、バス運転士、弁護士、また鉱山労働者の諸グループまで、学生の諸要求への支持を明らかにした。加えて、市民的不服従のキャンペーンが国中に広がった。道路や高速道路の封鎖が、農民が加わることで人気のある運動戦術になった。
 12月22日、2000年10月のスロボダン・ミロシェビッチ(ユーゴ解体時期からセルビアの民族排外主義に基づく権威主義支配体制を確立してきたが、旧ユーゴスラビア戦犯法廷で起訴され、収監先のハーグで獄死:訳者)倒壊以来では、最大の大規模デモとして10万人がベルグラードでデモに決起した。休日期間が過ぎれば運動も止まるだろうと政府が期待したとすれば、それは間違っていた。「セルビアを止めろ!」のイニシアチブ――与党議会グループの「セルビアは止まってはならない」への一つの回答――が、231以上の地方デモに導いた。
 運動は、「ゼネラルストライキ」と称されたもので1月24日に頂点に達した。それは、ストライキと抗議行動の1日であり、抗議行動としては、別々だが巨大でもあったチェーンストア・ボイコットが同時平行し、それは、セルビアだけではなく隣国のモンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、さらに北マケドニアをも巻き込んだ。ここに挙げた国々すべては、1990年代にユーゴスラビアから独立した諸国だ。

首相辞任だけでは収束できず


 数日後、ベルグラードの最も混む交差点の24時間封鎖の中で、体制支持者たちがノヴィ・サドで学生を殴打し緊張を高めた。ミロス・ヴチェヴィッチ首相の政府は翌日辞任し、その中でヴチッチ大統領は国民向けに演説、抗議行動参加者に対する恩赦、および新たな選挙までの政府再編を告げた。
 ヴチッチは透明性の要求は数千ページの文書公表で満たされていると語ったが、それはベルグラード大学土木学部による研究で論駁されている主張だ。ヴチッチは、新たな選挙まで専門家による移行政府を樹立するようにという反政権派の要求を拒絶したが、それは彼に加わっている圧力の水準を例示している。
 政府の辞任と体制の豪腕者の神経質さは、緊張をやわらげるよりもむしろ、学生の運動を大胆にしたように見える。そして学生の運動は、ノヴィ・サドからベルグラードまで80㎞の巨大行進を組織した。前者では、数万人の抗議行動参加者が1月31日、ドナウ川に架かる3本の橋を封鎖した。
 しかしイニシアチブはもっと深い支持をつくり出していた。行進コースに沿った町や村の住民たちは学生を出迎えるために通りに繰り出し、支援のバーベキューを開いた。タクシー団体も、ノヴィ・サドのデモ後にベルグラードまで学生を移動させるための車両数十台を用意した。
 ヴチッチの場合を言えば、どんどん小さくなる群集に迎えられつつ国内の旅を続けてきたが、情勢によって大胆にされた人々はその中で、彼に公然と異議を突き付けた。
 ヴチッチは、外と内から国家は脅かされていると主張する。また、政府に対する挑戦すべては、外国の直接投資(FDI)に基礎を置いたセルビアの経済モデルの成功を掘り崩す、とも語る。確かにセルビアは、昨年FDIとして記録的な50億ユーロを引き入れ、セルビアを地域的リーダーにし、新型コロナパンデミック以後では欧州諸国で最高の成長率をもつ国のひとつにしている。

利益求める諸外国は体制支持


 しかし、そのように成功している政府の転覆を何としても欲することができるのは誰だろうか? この数週間、諸大国は大急ぎでヴチッチを支持してきた。EU委員会拡大長官のゲルト・ヤン・コープマンは、EUは「セルビアでの暴力的な権力変更を受け容れることも支持することもないだろう」と語った。EU外交政策の首座にあるカヤ・カッラスも、似たような言明を行っている。
 その間、2019年から2021年のコソボ、セルビア間和平交渉に対するトランプの大統領特使を務めたリチャード・グレネルは次のように述べた。いわく、米国は「法の支配を掘り崩す者、あるいは力で政府の建物を支配する者」を支持しないと。他方モスクワは「カラー革命」を糾弾し、北京は平和と安定を保持するベオグラードの能力を強調した。
 このすべては、国際政策におけるヴチッチの両天秤策の相対的な成功を映し出している。ヴチッチは、中国と中・東欧諸国間の貿易と投資関係を前に進めるその14―1イニシアチブ内での鍵の国にセルビアを置き、中国の投資を得ようと努めつつ、他方で、アングロ・オーストリア系多国籍企業のリオ・ティントに、EUへの供給のためセルビアのリチウム鉱床を預けていた。
 近年、アラブ首長国連邦もベルグラードの水辺に投資し、他方トランプの娘婿のジャレッド・クシュネルは、元軍本部の現場で、ベルグラードにおける豪華ホテル構想の開発を追求中だ。ちなみにこの本部は、1999年にNATOにより爆撃され、それ以来非公式の記念現場として保存されてきた。
 諸大国は今、セルビア内で位置を得ようと争っている最中であり、ヴチッチの転落を急がせる理由は全くない。しかしながら、かれらがこの国の中にもっているのは利益だけであり、永続的な連携者は皆無だ。そしてかれらは、ヴチッチが権力にとどまろうがそうでなかろうが、その利益を守り続けるつもりだ。
 地域的不安定性を悪化させる怖れがある黒海周辺の地政学的大嵐――ウクライナとのロシアの戦争、ジョージア、シリア、レバノン、ルーマニア、モルドバ、さらにブルガリアに関係する――を前提とする時、セルビアでの混沌とした政府変更は誰の利益にもならないと思われる。

民衆要求の政治的表現が不在


 しかしながらセルビアの住民は反乱の中にいる。これを理解するためには、昨年4%に近いセルビアの強力な成長にもかかわらず、生活水準が悪化し続けていることを強調しなければならない。この国は、2024年4月、「世界人口調査」が確証した順位の中で、欧州の41ヵ国中34位とされている。
 近年平均賃金はかなり上昇したとはいえ、需要側のインフレ、エネルギーインフレ、さらに独占により推進され、生計費も上昇してきた。食品インフレは、2021年以後基礎的必需品価格を倍近くにした。地域的な賃金差は広がり続け、8%を超える高失業率も消えていない。海外への大量脱走を映し出して、2011年から2022年までにセルビアが住民の7%を失ったのは少しも偶然の一致ではないのだ。
 これらの統計も、セルビアの民衆が反乱している理由を説明するには十分でない。事実として、中国、リオ・ティント、EU、UAE、そして米国に結びついた上述の投資計画すべては、社会的紐帯、環境の諸条件、都市の活動力、また地域的バランスに対するそれらの破壊的影響を理由に、あれやこれらの形態での大規模な反対に直面していた。
 2014年以来、セルビア人の高まる怒りは抗議の大きな波を生み出してきた。しかしこの怒りが政治的に表現されたことはほとんどなかった。残念なことにセルビアの政治的反対派は今も、変革を秘めた課題設定の方向でほとんど何も提供しないような、さまざまな自由主義的あるいは保守的な民族主義勢力に支配されたままにある。
 ヴチッチの党があらゆる反対派グループを選挙でまさり続けているのは、あるいは民衆の不満に打ち勝つための挑まれ試験済みの方策が投票箱に戻ることであるのは、全く偶然の一致ではない。
 その力は、そこでは街頭上よりももっと固い。街頭では、民衆の感情が代表性民主主義の狭い水路内部に封じ込められてはいないのだ。公的部門の職、メディア、司法、選挙プロセス、さらに終局的に国家の抑圧諸機構に対する支配政党の支配は、公的空間が抗議が選好している領域である中で、体制の安定性が選挙の利用によって確かなものにされていることを意味している。

政治権力への挑戦は不可避に


 この数ヵ月民衆運動の先鋒だった学生運動は、体制の策動に打ち勝つ注目すべき能力を示してきた。その要求を維持する決意は、アメとムチ戦術で運動を静かにしようとしたいくつかの政府の試みをすでに打ち負かしている。
 しかし、政治権力の問題が提起されることになる時がまもなくやってくるだろう。国は一層統治不能になり、ヴチッチは、彼の権限委任に関する国民投票あるいは新選挙という可能性を高めつつ、彼の地位が脅威の下にあるということを理解している、と示してきた。運動は今とうてい止まることはできない。それはヴチッチを取り除き、権力を求めて闘わなければならない。
 その達成のためには、運動は現存の政治諸勢力からの自立を主張しなければならない。社会の代わりとなるビジョンなしには、これが難しいと分かるだろう。運動のいくつかの部分は、新たな選挙までの反対派による専門家政府という要求をすでに受け容れ始めた。

 しかしながらそのような不測の場合の備えは、がっちり守られた利益を無傷で残すと思われる。またそれは、セルビア政治内の大きな力をもつ者たちがもつ深い触手に言及するまでもなく、セルビアにおける階級的不平等にも挑戦しないだろう。
 ある著者が示したように、大衆運動が2010年から2020年の10年を圧倒したが、しかしそれらの大望は世界規模でほとんど満たされなかった。主な理由のひとつは、左翼と運動それ自身内部のその戦略的ビジョンの弱さだ。セルビアもその例外では全くなく、その左翼は弱体かつ原子化されている。
 しかしセルビアの大衆運動は、今後の年月で守る価値のある成果をいくつか成し遂げた。全員会議や全体総会といった、闘争の心臓部内に築かれたそれらの民衆的な決定策定手法を通して、学生たちは学究機構の将来の民主化に向け諸々の基礎を据えた。ストライキ労働者もまた、労組を民主化し、妥協的役員をもっと戦闘的な部分で置き換え、かれらの指導者たちから自立して行動できる草の根の活動家ネットワークを築き上げる必要を一層理解している。
 その上、ゼネスト要求の人気、およびスロボダ・ミロシェビッチ体制の倒壊以来見られたことがない労働者階級のいくつかの部門の戦闘精神は、民衆の意識におけるある種の飛躍を象徴する。政治的目標に基づいて職場で諸行動を進んで実行することは、大衆的な市民的不服従の諸形態を補足し、強化しつつ、初歩的だが実体のある階級意識が今形をとりつつある、と示唆している。
 より大きな国際的不確実性を反映しつつ、セルビアがより長期の政治的不安定を抱えた一時期に入る中で、この国の左翼は、自らを労働者階級の中にもっと深く根付かせ、もっと民主的で公正な社会のために闘うという、前例のない好機を得ている。抗議の以前の波がもっていたもっとも進歩的な要求――民主的な自由、環境保護、そして共有財――を公正を求める現在の叫びにつなげることによって、左翼は、問題は汚職よりもはるかに幅広いと示す可能性を得、実体ある変革を届けることができる組織や機構を構築できる。(2025年2月4日)

▼筆者はセルビアの「マーク21」の一員で、現在グラスゴー大学で中・東欧研究の講師を務めている歴史家かつ研究者。(「インターナショナルビューポイント」2025年3月16日)   

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