パレスチナ 土地の日
占領と植民地への抵抗の象徴
ルイゾン・レ・グエン
シオニストの
暴挙始まった
1976年以来、パレスチナ民衆は毎年の3月30日を「土地の日」として パレスチナ人の抵抗史に根付かされた一日として、また生き延びのための現在の闘争に対する象徴として祝ってきた。
1976年にイスラエル政府は、ガリラヤをユダヤ化するひとつの計画に乗りだし、アラブ人の村々の真ん中にある2万ドゥナマ(18平方㎞)の土地を没収した。その目的は、パレスチナのアラブ人市民――この地域人口の多数派――所有の土地にユダヤ人入植地を建設することだった。
ガリラヤからネゲブまでパレスチナのあらゆるところで、町々や村々で、ゼネストとデモが起きた。1976年3月30日、イスラエル警察が発砲し、6人を殺害、数十人を負傷させ、数百人を逮捕した。ひとつの民族的共闘としてイスラエルのパレスチナ市民がイスラエル警察にひとつの応答を組織したのは、1948年以来それが初めてだった。
その時以来この日付は世界中のパレスチナ人にとって、その土地に対するかれらの愛着、かれらの抵抗、また占領と植民地化に対するかれらの闘いを象徴する、「土地の日」となってきた。
とどまり、耕す
それが抵抗だ!
その時以来、パレスチナ人の土地の強奪は一度も止まらなかった。2024年のガザにおけるジェノサイド開始以来、イスラエル軍は西岸とエルサレムで、さらに41平方㎞の土地を没収してきた。入植者の数はこの30年で5倍に、今日のほぼ80万人まで増加している。
認可された入植地――2025年第一四半期に1万個所を超えるだろう、すなわち2024年全体におけるもの以上に――に加えて、イスラエル国は系統的に、未認可入植地すべてと最も攻撃的な入植者がつくっている前哨所を法的に有効とし、それらを守るために軍を送っている。
西岸の植民地化はかつて以上に続き、入植地の連なりがパレスチナ人支配下の領域の断片化を目立たせている。ガザでは、継続的な軍事攻撃に加え、ジェノサイド国家の政治的攻撃には、トランプの計画の実行を可能とするためのハマス指導者退去、ガザ住民の「自発的」亡命が含まれている。目的は、住民の40%を去らせることなのだ!
賭けられていることを理解するのはたやすい。そして、パレスチナ人にとっての決定的必要は、とどまり、耕し、抵抗することだ。
ネタニヤフ
再びの挑発
今年3月30日のまさにその日における、占領地西岸での2本の道路建設というネタニヤフの決定は、さらにもうひとつの挑発と見られなければならない。めざされていることは、東エルサレム、マアレ・アドミム地域内の入植地を強化することだろう。そこではすでに4万人以上の入植者が不法に腰を落ち着けている。
イスラエル人NGOの「ピース・ナウ」は、西岸のおよそ3%を併合することになるこの「新たなアパルトヘイト道路」――パレスチナ問題清算に向けたさらにもうひとつの歩み――を糾弾している。(「ランティカピタリスト」2025年4月2日)
▼筆者は「ランティカピタリスト」紙への寄稿者。(「インターナショナルビューポイント」2025年4月13日)
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