中国 関税戦争

抵抗に内包される社会的犠牲

トランプへの勇敢な対峙には続きの話がある

安徳信・區龍宇

 トランプ関税が世界全体を苦しめている。カナダと中国の両国はそれに強く反対したが、ほとんどの国はそうしなかった。北京は多くの支持を受けた。モーニング・コンサルトの世論調査では、昨年1月時点の米中両国対する各国の好感度は、米国がプラス20%以上を記録し、中国はマイナスだった。しかしトランプが言う「解放の日」(関税引き上げ発表日をトランプは「アメリカ解放の日」と呼んだ:訳注)の後の今年5月末には、米国はマイナス1・5、中国はプラス8・8となり全く逆転した。多くはこれを、トランプに対する中国の抵抗への共感を反映していると見ている。だがこれには重い代償を伴っている。中国の輸出はすでに2025年初頭以来減速し、5月には前年度比34・5%も急落した。

中国の強靭な回復力の秘密


 世界の二大経済大国のうち、この関税戦争でより強靱なのはどちらだろうか? 中国のほうがより強靱だと考えるもっともな見解がある。北京は米国と最初の貿易戦争が行われた2018年以降、今回のシナリオの準備をしてきた。輸出志向の製造業と貿易企業は、関税と他の貿易障壁を迂回するという目的で、海外投資と現地提携相手との結びつきを強めてきた。
 トランプ2・0の貿易戦争が始まるや否や、中国企業はトランプ関税を迂回するために、素早くこれらの海外迂回ルートを利用した。加えてBYD(中国のEV生産企業:訳者)のような中国企業は、中国内のEV自動車の全般的過剰能力を理由とする輸出ダンピングを利用できる。
 ニューヨークタイムスは以下のように報じた。「4月に米国向けの輸出は21%急落した。しかしトランプ大統領が中国に天にまで到達するような関税を課すに従い、中国のアジア向け輸出は急上昇した。……かれらはASEAN諸国向け生産のギアを今上げつつある。このような情勢への準備としてそこで工場を設立してきたからだ」。
 アジアだけではない。EUは、トランプが中国に対し最も攻撃的な関税戦争を宣言してから、中国からの輸入の急増を非常に懸念している。
 両陣営の戦術的な動きをおさえた上で、われわれは、資本蓄積の各々の戦略という領域における基本的な違いを考慮する必要がある。両陣営は市場経済と国家介入というある種の混合経済の形態にある。しかし米国はこれまで「自由企業」様式がより強いことに比べて、中国の国家資本主義は、党=国家が最高の指導的役割を担っている。後者は、経済危機の際には自由民主主義よりも危機管理に有利なように見える。
 金融危機が爆発した2008年、大きな不安に襲われた国民が見守るなかで、米国議会はブッシュ・ジュニアの救済パッケージについて激しく議論を交わした。対照的に温家宝首相の中国では、大した論争もなく、輸出の崩壊を救済するために4兆人民元の救済パッケージを迅速に実施した。
 党は民間部門の発展を容認しながらも、あらゆる政府機関、あらゆる官民企業、あらゆる階層に対する最終的な権限を有し、危機への対応において様々な主体を調整することができる。党のモットーは、「全国一盤棋」、すなわち「盤面全体を見渡して碁を打つ棋士のように、協調された全国的対応を確実に実施する」ことである。
 ただし、上記の主張は、地方政府が中央政府の政策の実施において一定の裁量権を有しているため、その政策を捻じ曲げたり過剰に適用したりして自らの利益に利用する可能性があり、その代償を中央政府が負う場合が多く、大幅にひいき目に見る必要がある。
 2003年に不動産産業を経済成長の柱にするという中央政府の政策を省政府がいかに利用したかという例を挙げることができる。その結果、世界最大の不動産バブルが生み出された。しかし、この政策の悪影響が現れるまでには通常長い時間がかかる。一方、救済策の展開において中央政府と地方政府が同期していたことは、比較的短期間で特定の危機を封じ込めたり緩和したりするのに十分な成果をあげた可能性がある。巨大な国における経済危機に対するこのような迅速な対応は実に興味深い。

今回は違う–極度に複雑で深刻


 しかし今回、中国の危機は2008―09年の危機よりもはるかにもっと複雑で深刻だ。われわれの前には今、トランプの関税戦争によって増幅され、同時に国内で巨大に膨らんだ経済危機がある。もっと悪いことにわれわれは、まともな判断力を欠く専制体制を抱えている。一見、中国国家資本主義の有効性は頂点の指導者のすばらしい判断力――資産市場の大きな急落がさらに広がるのを避けるために巧みに資本主義を管理した、という意味において「すばらしい」――に依存するという条件付だった。つまりそれは、勤労民衆にとっては必ずしもすばらしいということではない。
 習近平のゼロコロナ政策は、有効でなかっただけでなく、経済と民衆にとっては失敗だった。彼は苦い果実――経済減速に続く2022年の白紙運動――という報いを受けた。彼は同様に、資産市場の破綻に関連して十分に良好な成果を残していない。彼の遅きに失した救済策の緩和効果は限定的で、今なお危機は続いている。
 エコノミスト紙の記事は、資産市場の巨大な危機が緩和されたことを認めたが、しかし次のようにも警告した。「なおも危険はある。貿易戦争は信用を阻害する。ものごとははるかに悪くなろうとしているわけではないが、しかしそれらはおそらくさらなる政府の支援がなければ良くはならないだろう」。
 習近平の救済パッケージそれ自身もまた問題含みだ。それは再び、銀行とデベロッパーの債務を救出するために、そして供給サイドを刺激するために、すなわち製造業とインフラにもっと多くの資金を充てるための資金を安易に提供する。
 著者たち(および何人かのエコノミスト)は、投資主導型の経済成長から、もっと需要主導型のものへと、経済の均衡をあらためることを主張している。必要なことは、何らかの需要を喚起することではなく、賃金の引き上げを通した意味のある労働者の消費水準の引き上げである。それは国民所得に占める労働分配率の長期的な低下が反転し、1990年代の水準に戻るまで継続される必要がある。。
 これは、労働者の生計および教育の改善(次いでそれらは生産性をも引き上げると思われる)に役立つだろう。それはまた、国内市場拡大という目標をも満たすだろう。そしてそれは中国の輸出ダンピング――「過剰投資―過剰能力―膨張する輸出」という負の国内サイクルの産物――を恐れている他の諸国との緊張をも緩和するだろう。しかしながら、わが頂点の指導者たちは、この選択肢に何らかの実のある関心を示したことは一度もない。
 関税戦争はものごとをもっと悪くするだろう。つまり、賃金下落、失業、賃金不払いなどだ。ニュースサイト「観風文」の記事に登場する龔という浙江省美烏市の経営者は、「私は全く眠ることができない。……友人に頼み込んで、カネを借りるために丸々ひと月走り回っている。労働者の賃金、原材料、あらゆるところにカネが必要だ」と語った。クリスマスツリー製造工場のオーナーの張氏によると、ビジネスの80%を米国市場に依存している仕事仲間のひとりは、工場の稼動を維持する余裕がなく、全労働者にひと月の休みを取らせたと述べている。
 個人所得、住宅地の商店の事業環境、あるいはオンラインショッピングの売り上げを一見すれば、普通の人々が楽観的に感じるのは難しい。次にニュースを見てみる。そこではもっと悲観的な感情に気づくだろう。つまり、米中の関税戦争は輸出産業を脅かしている、史上最多の大学の新卒者1222万人が6月に労働市場に参加する、金価格の上昇は国際情勢に関する悲観論の反映である等々。
 世界の評論家が中国の回復力を賛美する時、誰がその対価を払っているのかという疑問は何度でも問わなければならない。明らかにそれは、最も厳しい打撃を受けることになる労働者と農民が払っている。何といっても、トランプが最初の貿易戦争を始めた2018年をふり返ってみると、中国の政府関係者が「われわれ中国人は1年間草を食べてこの貿易戦争を切り抜けることができる」と応じたことがあった〔当時の習近平の後ろ盾だった国家副主席の王岐山の発言:訳注〕。だが彼がふれなかったことは、普通の庶民は草を食べなければならないとしても、党の官僚の場合は必ずしもそうではない、ということだった。言うまでもなく、草を食べて生き延びた労働者たちは、国産製品をすぐには買えないくらい無一文だったはずだということである。

「中国人は1年間草を食べて生き延びることができる」


 体制が人民に加えてきたあらゆる苦痛によって、残念ながら、中国人民全体が過酷な状況を生き延びる術を学んできた、ということは真実である。関税戦争を背景にして、中国企業は今急速に危機に順応しつつある。
 ポータルサイト「捜狐」の記事には、クリスマスツリーを生産する経営者の張の記事が掲載されている。彼の経験は全く悲しいものだ。2014年のロシアのクリミア侵攻は、西側の制裁と国際石油価格の急落という二重の影響が原因で金融危機につながった。彼は100万元分のクリスマスツリーをロシアに輸出したが、買い手は支払いを拒否した。
 中国共産党は2015年、中国国内で「外国の祭り」を祝うことを抑制する立場を採った。いくつかの省では、クリスマスツリーを飾るだけで5千元の罰金が科されるという。このため張氏は国内からの受注がほとんどなくなってしまった。
 今回の貿易戦争によってアメリカからの注文千万元以上が保留状態にある。その半分以上はすでに生産済みで倉庫に積み上がっている。これまで多くの嵐を経験してきたこの経営者は、「非常に平静だ」と述べている。
 中国のソーシャルメディア上ではユーチューバ―が、義烏市の商店で綿の靴下一足で僅か1・5元にしかならないことを知り、店主に「そんな安値でどう利益を出すのか」と尋ねる映像が流れた。店主は「靴下一足あたり0・01元以下の儲け!」と答えた。それは事実上、利益ゼロを意味する。
 これはまた、中国の労働集約産業における低コストをも反映している。ニュースサイト「新浪財経」は以下のように記述している。「品質を保った労働集約製品を作る上で、いまのところ世界を探しても『第2の義烏』はない。……キーホルダーを製造したいと思えば、ここでは最速で生産するための多数のサプライヤーと最も勤勉な労働者を見つけることができる。そして義烏の物流企業さえ最も安い」と。〔訳注:浙江省の地方都市、義烏市は「100円ショップの故郷」とも呼ばれ、日用雑貨を中心に7万軒以上もの小規模卸店舗が軒を連ねる巨大卸売市場に、一日平均20万人以上もの国内外のバイヤーが訪れる。周辺には日用雑貨や衣料品を中心に労働集約型の製造工場も広がっている〕
 米国人のバイヤーは世界の他の場所でもっと低賃金の労働者を見つけるかもしれない。しかし、かれらが原材料、労働コスト、構成部品、諸々の施設、ケータリング、物流、また他の生産要素がすべて安く効率良く供給されるようなひとつの産業センターを求めるならば、義烏の代用になるものはまったくないのだ。
 資産市場バブルの破綻は、かつては生気にあふれた中産階級を貧困化した。かれらのほとんどが資産市場に投資してきたからだ。無産の勤労大衆の場合、2020年以来の経済減速がかれらの多くを、特に建設業で働いていた労働者たち、および資産市場に関係する他の産業で働いていた労働者から雇用を奪った。関税戦争は失業をさらに悪化させるだろう。
 国家統計局によれば、2025年第一四半期の成長率は5・4%、その中で失業率は5・3%を示した。関税戦争が丁度始まったばかりだった以上、これらの数字は現在の第二四半期の状況を反映していない。つまり第一四半期よりもっと悪くなる可能性もある。
 中国の統計の信頼性は不明である。「サウスチャイナモーニングポスト」〔訳注:香港の日刊英字紙〕の記事によれば、中国の失業統計には「1億4900万人の自営業者、および3億人近い農民工」が反映されていない。〔23年6月には〕若者の失業率は21・3%に達したが、世論では50%にも達するという異論も出ていた。すると当局は統計全体を発表するのを止めた。そして〔24年1月に〕統計が再発表されると、従来は統計数に含まれていた在学中の学生数を除外した統計方法に変わっていた。〔訳注:新しい統計では16~24歳の失業率は14・9%となった〕
 説明責任と報道の自由に関する党の規制がなければ、世界にそれほどうまくそのプロパガンダと「統一戦線」政策を信じさせるのは不可能だったと思われる。そしてそのどちらも北京がその友人と投資家を世界のあらゆるところから獲得する上では不可欠なものだった。
 とはいえ、中国の経営者たちは好調な日々の中でかなりの利益を上げてきた。しかし労働者の場合話は別だ。中国には「興、百姓苦。亡、百姓苦(国興りて民苦しみ、国亡びて民苦しむ)」という古い言葉がある〔訳注:元朝の詩人、張養浩(1270年—1329年)の散曲『山坡羊 潼関懐古』の終句〕。景気の良い時は過酷な労働条件や安全衛生上の危険にさらされながら残業を強いられ、工場の狭い寮での苦しい生活や社会保険の会社負担の未納などを強いる経営者に直面する。義烏から流通する低コスト製品はふたつのことに依存している。つまり、抑圧に対する労働者の高い忍耐力、そして雇用主の労働法違反に対する中国政府の暗黙の承認だ。これはグローバルな「底辺への競争」の極みの一例だ。

絶望的な民衆はやけっぱちなことをやる

 5月20日、四川省自貢市の紡織工場でひとりの労働者が仕事を辞めたばかりの工場に火をつけた。火は37時間燃え続け、インターネットではこの事故の原因を巡る話題が爆発し、すぐに当局による検閲の標的になった。
 現地警察によれば、容疑者が放火に及んだのは失意によるものだという。仕事を辞めて自殺しようとしたが、その前に母親に送金するために未払いの賃金を支払うよう会社に求めたが、すぐに支払われなかったことに腹を立てて仕返ししようとしたという。
 この事件は関税戦争とは直接関係ないが、中国の資本主義化が始まってから40年が経った今日においてさえも、労働者が勤勉に努力するだけでは貧しさから抜け出ることはできず、数百元、数千元といったわずかな金額でさえ、コップの水をあふれさせる最後の一滴になってしまう可能性があることを示している。
 中国の労働者は〔草を食べて空腹をしのぐという〕大きな苦痛にも耐える力があるかもしれない。しかし最後には限界があるのだ。抑圧された民衆は、党=国家体制がつねに経営者の側に立って物事を進めるという事実がなければ、もっと前に立ち上がって経営者を倒していたであろう。失業の恐怖を通して労働者に規律を強いる「市場の見えざる手」とともに、労働者を踏みつける「国家の見える軍靴」があるのだ。
 胡錦濤国家主席の時代の比較的「リベラル」な政策を懐かしむ人もいるかもしれない。しかし、2008―9年の金融危機が中国を襲った時、彼の政府は、嵐を切り抜けるため経営者にさらにテコを与えようと最低賃金を切り下げることを躊躇しなかった。首相の温家宝もまた、仕事にあぶれた農民工らが治安を妨げないように、農民工に故郷に帰ることを「奨励」した。
 2012年に習は権力を掌握して以来、労働者のストライキや抗議行動を粉砕し続けながら、労働者を支援する一部の労働NGOを弾圧することで、彼の前任者を乗り越えてきた。彼はゼロコロナ政策の絶頂期に22の産業において社会保障基金の企業納付分を一時停止することで経営者を助けた〔訳注:労働者に対する代理徴収は続けられた〕。今回の関税戦争の真っただ中で、習はふたたび経済危機の重荷を労働者に背負わせるのだろうか?
 習近平がどうするか分からないが、労働者の団結権や争議権など基本的権利が弾圧され続けるなかで、彼にはフリーハンドが保障されている。これこそがこの物語の最も恐ろしい部分なのである。
 次に誰かが、中国政府は勇敢で粘り強くトランプ大統領に対峙したと話してきたら、過去のエピソードを紹介して、話にはまだ続きがあることを思い出させるべきだろう。(2025年6月20日)

▼區龍宇は香港で労働者の権利と政治問題に取り組んできたベテラン活動家。数々の著作があり、現在は亡命している。(「インターナショナルビューポイント」2025年7月3日)   

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