「親中国」でも「親米」でもなく労働者の国際主義と台湾人民の自己決定権を掲げて共に!

香港・台湾のトロツキスト活動家は困難と孤立の中でアジアの未来を模索している
台湾の自己決定権には根拠がある
マーク・ジョンソン

 以下は「ESSF(ヨーロッパ国境なき連帯)」のブログに掲載された“Neither Beijing nor Washington! Hong Kong and Taiwan internationalist perspectives”(25年11月29日付)の全訳である。
 「台湾有事」をめぐる中国・日本・米国のそれぞれの政権の主張や思惑の中で完全に無視され、メディアの報道でもほとんど取り上げられていない台湾人民の自決権の問題について、著者は台湾と香港の左翼活動家との意見交流や19世紀後半以降の歴史的経過の検証にふまえて俯瞰的に解説しており、東アジアの平和と変革を目指した国境を越えた運動を展望する上で示唆に富んでいる。本文中に言及されている「台湾海峡危機と台湾人民の自己決定権に関する予備的テーゼ」(25年7月)も順次本紙に掲載(12面で1回目を掲載)していく。台湾民衆の自決権を前面に掲げた「予備的テーゼ」は、台湾や香港のみならず、「沖縄をふたたび戦場にさせない」という沖縄や宮古・八重山など琉球弧における反基地闘争の粘り強いたたかいとの実践的合流によってさらに豊富化されるだろう。日本語で読める中国・香港トロツキストの台湾論としては、本稿でも紹介されている王凡西の「台湾革命に関する我々の見解」がある。『第四インターナショナル』No27(1978年4月号、新時代社)に全訳が、『毛沢東思想論稿 裏切られた中国革命』(寺本勉ほか共訳、柘植書房新社、22年)に抄訳が収録されている。區龍宇の『台頭する中国 その強靭性と脆弱性』(柘植書房新社、22年)には、2007年から08年にかけて考察された中国・台湾の関係についての論考「中台関係に関する両岸労働者階級の立場」が収録されている。本稿で取り上げられている各論稿についても日本語で紹介する必要があるだろう。
 原文には33項目の注記が付加されているが、その多くは本文の記述の背景情報や出典に関するものであり、日本語訳においては必要最小限の背景情報と、参照先の日本語訳の存在を確認できた出典などの原注8つのみを訳出し、より理解を深めるために6つの訳注を付加した。表題と小見出しは訳者によるもの。(「週刊かけはし」編集部)

香港と台湾のそれぞれの経験から導かれた「別の選択肢」

 世界的に左翼による台湾分析の多くは陣営論(*注1)によって汚染されてきた。反帝国主義の名の下に自称左翼は、台湾の自己決定権を「米国の武器」として拒否し、中国の権威主義を容認し、二千三百万人の人民を大国の思惑に委ねてきた。香港と台湾のインターナショナリストたちは、帝国の狭間に閉じ込められてきた2つの人民によって構想された枠組をオルタナティブ(別の選択肢)として提起している。

*注1 陣営論は、米ソ冷戦時代に国際的な左翼運動をソ連の利益に従属させたスターリン主義を起源とする。そこでは世界各地での人民の自己決定権よりも、米国の覇権に反対する諸国家との友好関係が優先される。

 このオルタナティブは香港の第四インターナショナル支持者たちと台湾の左翼独立派がそれぞれの異なる経験を通じて到達したものである。香港の革命家たち、特に區龍宇(アウ・ロンユー)とウェブサイト「プロレタリア・デモクラシー」(普羅民主網、*注2)の編集グループは、トロツキストの理論的伝統と数十年にわたる労働者の組織化の活動を通じてこの結論に到達した。台湾の左翼独立派の活動家たちは、実際に経験した独裁体制の脅威と大衆動員を通じた民主化運動の勝利から同じ結論に達した。この2つの経験の合流そのものが、このオルタナティブの正当性を裏付けている。それぞれの経験から「3つの戦線」、すなわち①台湾の自己決定権を支持し、②中国による侵略に反対し、③米国のミリタリズム(軍事優先主義)に反対するという観点からの分析に到達したのである。

*注2 普羅民主網は香港を拠点とする第四インターナショナリストのウェブサイト(中国語と英語) https://workerdemo.org/

 本稿では、香港と台湾のインターナショナリストがこの枠組に到達した経緯と、それが中国語圏左翼におけるナショナリズムとの論争を通じて研ぎ澄まされてきたことを検証する。

區龍宇:陣営論を排した反帝国主義

 現在亡命地にいる香港の労働運動家、區龍宇(*注3)はこのオルタナティブの理論的根拠を最も明確に述べている。彼は23年12月に次のように定式化した。「台湾、香港および南シナ海(*訳注1)における連帯運動は人民の自己決定権を尊重すべきであり、中国の九段線の主張(南シナ海の約90%の領有権を主張する中国の地図上の境界線で、2016年に国際法廷によって却下されたが、中国政府は現在でもこの主張を根拠としてベトナム・フィリピン・マレーシア・ブルネイ・台湾と争っている)には根拠がないことを認めるべきである。そして、まずこれらの地域および周辺諸国の人民こそが中国との係争の正当な当事者であると認めるべきだ」。

*注3 區は無國界社運(Borderless Movement、香港の第四インターナショナリストが関与するウェブサイト)の編集者。著作に『台頭する中国:その強靭性と脆弱性』(Merlin Press2020、日本語訳は柘植書房新社、14年)、『香港の反乱:抵抗運動と中国のゆくえ』(Pluto Press,2020、柘植書房新社、19年)など。
*訳注1 フィリピンでは公式には「西フィリピン海」の呼称と併記。

 區はこのオルタナティブを具体的な歴史分析の中に基礎付けている。台湾人民(2300万人)は400年以上にわたって本土とは分離された独自の歴史の中で、独自のアイデンティティを育んできた。台湾人民の大多数は1895年の日本による植民地化より前に台湾に渡来した祖先を持つ。台湾は1949年以来、本土とは分離された政体として機能している。つまり国際的に承認されている多くの国家よりも長い歴史がある。
 區の分析は中国共産党自身の隠蔽された歴史を掘り起こすことによって、さらに研ぎ澄まされている。22年10月に発表された「この惑星における台湾の正当な地位」と題する論文では、毛沢東が1936年にエドガー・スノーによるインタビューの中で台湾独立を支持すると発言したことが引用されている。(*注4)

*注4 エドガー・スノー、毛沢東インタビュー、1936年7~9月、中国北西部宝安にて。初出は『チャイナ・ウィークリー・レビュー』誌、1936年11月14日および21日。『レッド・スター・オーバー・チャイナ』(1937)に再録。

 実際、毛沢東は単に「台湾独立を支持した」だけではない。彼は明確に台湾と朝鮮を中国とは異なる植民地国家として位置づけ、それと対比して満州を「取り戻すべき」中国の領土であると位置付けた。スノーが「日本に奪われたすべての領土」について質問すると、毛沢東は次のように答えた。「・・・かつて中国の植民地であった朝鮮は含まれない。しかし、われわれが中国の失われた領土の独立を回復し、朝鮮人民が日本帝国主義の鎖から脱出したいと望むなら、われわれは彼らの独立闘争を熱烈に支援する。台湾についても同様である」。
 公文書が示しているように、1928―43年の間、中国共産党指導者は一貫して台湾人を明確に1つの民族として認識し、その民族解放運動は中国革命とは別のものであると認識していた。周恩来は1941年に、中国は「他の国民国家の独立・解放運動に共感し」、「朝鮮や台湾の抗日運動を支援すべきだ」と記している。
 中国共産党の創設者は台湾が中国の一部ではないことを認めていたが、現在の党の立場は1942―43年にかけて国民党が戦後復興のために台湾の領有権を主張しはじめた時に起こった百八十度転換を継承している。

台湾先住民族を抹消する帝国主義的ナショナリズム

 區は現代の中国共産党のナショナリズムを「ファシズムに比類されるべき民族ナショナリズムであり、『大一統(偉大な統一)』が目指すものはファシズムのそれと変わらない」と述べている。これは神学上の論争ではなく、分析に基づく正確な規定である。中国共産党の「中華民族」理論は台湾の先住民族を完全に抹消し、以前は共産党自身が「中国の領土であったことはない」と認めていた地域に対する領有権を主張している。
 區はこの分析の中で、かつての香港トロツキズムにも言及している。王凡西(*訳注2)は1977年9月に刊行された「台湾革命に関するわれわれの見解(討論のための要綱)」と題する小冊子の中で台湾人民の自己決定権を主張した。この小冊子は「台湾、香港および海外在住中国本土出身者のマルクス主義者グループ」と共同執筆されたものである。
 區が25年2月のインタビューで述べているように、「王凡西は常に台湾人民の基本的な自己決定権を主張していた・・・トロツキストたちが何十年も投獄され、完全に壊滅させられたのは、中国共産党が偽左翼だからだ」。香港の第四インターナショナル支持者たちも1949年以降香港の歴史的軌跡が中国本土とは根本的に異なっていたことを認識し、1983年から香港の自己決定権を提唱するようになった。これは近年の地政学的緊張に対する態度として考え出されたものではなく、数十年にわたってマルクス主義の原則を一貫して適用してきたことから導かれた認識である。

*訳注2 中国の老トロツキスト、1907―2002年。25年に北京大学で中国共産党に入党、27年モスクワの東方勤労者共産主義大学の軍事促成コース、中国労働者孫逸仙(孫文)大学に留学し、左翼反対派(トロツキスト)となり、29年に中国に帰国。中国共産党を除名されて以降も、トロツキストとして国民党支配や日本軍の侵略との闘いを継続。49年に香港に渡り活動を継続するが、イギリス植民地政府によりマカオに追放され、75年に英国へ移住。その後も香港をはじめ各地の華人トロツキストらと交流を続けた。詳細は王の「台湾革命に関するわれわれの見解」の抄訳も収録された著作『毛沢東思想論稿 裏切られた中国革命』(寺本勉ほか共訳、柘植書房新社、22年)のグレガー・ベントンの解説などを参照。

 區は中国の帝国主義的性格に関する議論の中で、中国は「寡占支配、産業資本と金融資本の融合、大規模な資本輸出」という古典的基準を満たしていると主張している。彼は「一帯一路」構想(13年に開始され、アジア・アフリカ・ヨーロッパ・ラテンアメリカに広がる中国のグローバルなインフラ・投資プログラム)に関連して、17年に開催された「一帯一路とBRICSに関する民衆フォーラム」で出された批判的視点を参照しながら、中国は潜在的には「準帝国主義」または「覇権主義」であると規定した。

「台湾海峡危機と台湾人民の自己決定権に関する予備的テーゼ」(25年7月)

 「普羅民主網」のウェブサイトに25年7月に掲載された論説「台湾海峡危機と台湾の自己決定権に関する予備的テーゼ」(*注5)は、「3つの戦線」論の立場を体系化しており、この問題に関する香港の第四インターナショナル支持者たちの総意を代表している。
 テーゼは初めに歴史的な背景を記述している。「台湾の1895年からの植民地支配、そして1945-96年の国民党による一党支配の歴史は、台湾人民のアイデンティティと経験を中国本土の人民のそれとは異なるものとして堅固にした」。この独特の経験、つまり日本の植民地支配、白色テロ(*注6)、そして大衆闘争を通じて達成された民主化は、いかなる大国間の協定によっても覆すことのできない自己決定権の根拠となる。

*注5 初版は25年7月。「ヨーロッパ国境なき連帯」(Europe Solidaire Sans Frontières)のブログで閲覧可能〔訳注:日本語訳は順次「週刊かけはし」に掲載〕 
*注6 白色テロの時代は1947年から1987年にかけて台湾で戒厳令が施行されていた時代を指す。1947年2月28日の「二二八事件」に端を発した反政府蜂起に対し、国民党軍は推定1万8千人から2万8千人の民間人を虐殺。その後数十年にわたる独裁政治の中で政権への反対などを理由に数万人が投獄または処刑された。

 テーゼは両岸の政治について的確に述べている。かつて世界の進歩的運動は中国を革命的とみなし、中国との統一を支持していた。しかし、状況は根本的に変化した。中国はますます反動化する一方、台湾は民主化を達成した。今や軍事的な再統一は「反動的独裁政権による代議制民主主義の制圧」を意味するだろう。
 階級分析も同様に鋭い。「台湾海峡両岸の体制はその階級的性格、すなわち資本主義であることにおいて同質化している。もはや中国の階級的性格が台湾よりも進歩的であるとは言えない」。それによって「歪曲された労働者国家」論―トロツキストの理論で、中国では資本主義的所有関係は廃止されたが、官僚主義的支配によって真の労働者民主主義が阻害されていると主張していた―を援用して中国政府を擁護する議論の根拠が崩壊した。
 「普羅民主網」は中華人民共和国のナショナリズムをイデオロギー的な駆動装置であると規定している。中国共産党の「中華民族」論は、国民党の「五族共和」論(*訳注3)を継承したものであり、少数民族の自己決定権を否定し、台湾原住民を完全に抹消している。テーゼはウクライナの例を挙げて、「この概念は『ロシアとウクライナは一体である』というロシアのプーチン大統領の主張と同じぐらい反動的だ」と述べている。

*訳注3 五族とは、漢、満、モンゴル、チベット、新疆のムスリム系民族を指す。清朝末期の立憲派が唱え、辛亥革命後に中華民国北京政府が民族協調政策として唱えたスローガン。のちに孫文は「漢満蒙回蔵の諸地を合して一国と為し、漢満蒙回蔵の諸族を合して一人のごとくする。これを民族の統一という」という大中華民族主義、事実上の漢族への同化政策へと進んでいく。

 台湾人民の軍事力による自衛の権利に関する主張は明確である。中国の軍事力による再統一は「不当な戦争、つまり侵略」となる。台湾人民は自衛のために、競合する帝国主義諸国からの調達を含めて、武器を購入する権利を有するが、同時に、ミリタリズムに反対する立場から、具体的な政策については批判する権利を保持する。テーゼは台湾人に「中国を挑発する米国の武器購入を拒否せよ」と求める運動と、真の平和運動とを区別している。前者は「中国の独裁体制と拡張主義への無原則な妥協」を意味する。

台湾の左翼独立派の原点

 台湾の左翼独立派は異なる経緯を経て同じ結論に達した。
 最も成熟した左翼独立派の理論家である史明(シーミン、1918-2019)は、中国共産党支配地域で7年間を過ごし、幻滅した。彼は01年のインタビューで次のように回想している。「私が見たものと学校で学んだことは全く違っていました。(中略)中国共産党がやったのは破壊だけで、人々を拷問するために最も残虐な手段に訴えることだけでした」。彼の幻滅は土地改革の粗暴なやり方を目の前で見たことで一層固定化された。「生活様式、考え方、価値観において台湾と中国は全く異なります」。2016年に、97歳になった彼は中国共産党について次のように率直に語った。「彼らは権威主義者です。人々は自由を求めましたが、共産党は彼らを殺しました。数千万人です」。
 史明の理論的枠組は「民族民主解放」(民族主義革命と社会主義革命の結合)を柱にしていた。彼の批判は台湾のブルジョア的な独立運動にも及んだ。史明の批判は「その運動がエリート主義的でブルジョア的なナショナリズムの体系化を表現しており、最終的には同じ民族グループによる支配下で階級的抑圧が再生産されることになる」ということだった。彼の最大の労作である『台湾人四百年史』(*訳注4)は、この主張の歴史的根拠を示している。「感情に訴えることで台湾人の意識を高め、台湾ナショナリズムを形成するだけでは不十分である。より重要な要素は、歴史的観点からなぜ中国人と台湾人が異なるのかという確固たる理論的根拠を構築することである。」

*訳注4 日本語版は『台湾人四百年史―秘められた植民地解放の一断面 (1974年) 』など。なお同氏の活動や経歴などは『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』(史明・田中淳、講談社、2018年)に詳しい。

3つのトロツキスト・グループと民進党主導の台湾独立派の分岐

 「国際社会主義前進」(International Socialist Forward=ISF、*注7)は台湾の3つの公然としたトロツキスト組織の1つであり、台湾人民の自己決定権を擁護する一方で、それがいずれかの大国と連携することによってではなく、労働者階級の闘争によってのみ達成されると主張している。このグループの設立文書は「台湾の国家としての承認は汎緑連合(民主進歩党を中心とする台湾独立派の政治連合)に頼ることでは実現されない。それは労働者階級によって主導されなければならない」と宣言している。ISFの活動家、楊進(ヤン・ジン、Parson Young)は、オンライン雑誌「ニューブルーム(破土)」でその理論的根拠を次のように述べている。「真の左翼は労働者の代弁者であるべきで、また、社会主義をベースとする台湾独立はモラル的に正しいだけでなく、それによって労働者が中国と台湾の両方の資本家から搾取されるのを防ぐことができる。だからそれが労働者にとって有益であることを労働者にわかりやすく説明すべきである」。

*注7 ISFは2016年11月に設立され、他のトロツキスト組織「国際社会主義オルタナティブ(International Socialist Alternative=ISA)」とも連携している(*訳注5)。

*訳注5 ISFは2016年11月にトロツキストの国際組織「労働者のためのインターナショナル(Committee for a Workers’ International=CWI)」の台湾組織として設立された。2020年にCWIが分裂し、多数派が「国際社会主義オルタナティブ(International Socialist Alternative=ISA)」を設立、台湾のグループだったISFもISAの結成に合流した。しかし20年末までにISAの国際指導部の官僚的指導への反発からISAから離脱、名称もISFに戻して独自活動を続け、25年に「抵抗者連合(ResistanceUnited)」に改称している。ISAに残った台湾グループ「国際社会主義道路(台湾)」は現在もウェブサイトおよび機関誌『社会主義者』の発行を継続している。このほかに3つ目の組織として国際マルクス主義潮流(International Marxist Tendency=IMT)に所属する「火花(SPARKS)」がある。IMTは24年にRevolutionary Communist International=RCIに組織改称している。

 「3つの戦線」という枠組はISFのさまざまな文書に明確に示されている。19年12月に開催された同グループの大会の声明は「マルクス主義者は資本家階級の藍(国民党など統一派)・緑(民進党など独立派)・白(民衆党)の諸分派や、中・米の両帝国主義から独立した『労働者の民主主義的前衛』でなければならない」と宣言している。
 ISAの中文サイトchinaworker.infoの編集者、ヴィンセント・コロは24年3月に「よりまし」主義に反対する原則的立場を明確に述べている。「私たちは『よりまし』主義、つまり『害が最も小さい』帝国主義を支持するという考え方に警鐘を鳴らす。それは軍事紛争に歯止めをかけることにはならず、労働者の運動への政治的影響は破滅的なものとなるだろう」。
 14年のひまわり運動の後に創刊されたウェブマガジン「破土」(New Bloom)は左翼独立派の立場を表明する英語媒体として最も長く継続している。
 これらの潮流は①普遍的原則としての自己決定権、②すべての帝国に反対する反帝国主義、③小国の利益を大国の打算に従属させることを拒否するという方法論的前提を共有している。

中国語圏左派のナショナリズムとの論争を通じて到達した理論的枠組

 「3つの戦線」の枠組は中華ナショナリズムを左翼の主張として掲げている潮流に対する継続的な論争を通じて確立されてきた。
 區の著書『台頭する中国:その強靭性と脆弱性』は、中国の「新左派」、特に汪暉(ワン・フイ)の主張を取り上げている。區は「新左派」が「天安門事件以前、但し毛沢東以後の時代へのノスタルジーを弄びながら、一方でグローバル化、市場、民営化、自由民主主義が中国共産党の権威主義と軌を一にするものだ」という批判を続けている。
「新左派」は粗野な民族主義潮流とは異なり、洗練された知的構成を表現しているが、国家を中心に置く分析は、権威主義的資本主義への追随を覆い隠している。
 「破土」(New Bloom)に掲載されたブライアン・ヒオエ(丘琦欣)の15年の論文「中国語圏世界における左翼独立派と左翼統一派」はこの論争の始まりだった。この論文は、北京でドメイン登録をし、台湾・香港・中国本土からのスタッフを擁する「新左派」のオンライン雑誌「破土」(漢字名は同じ「破土」だが、英語名はGround Breaking)(*注8)について、「『破土』(Ground Breaking)は統一派の論文を台湾や香港の読者向けのウェブサイトやFacebookアカウントから意図的に隠蔽した」と暴露した。つまり、左翼統一派的な主張にもかかわらず、それを海外の一般読者に分からないように隠蔽したというのである。これは単なる意見の相違ではなく計算された欺瞞である。対象読者によって異なる顔を見せながら、「マルクス主義を単に中華ナショナリズムの一形態の符号として使っている」。

*注8 「破土」(「新境地を開く」の意で、英語名は「New Bloom」)誌は14年のひまわり運動をきっかけに創刊された台湾を拠点とするバイリンガル出版物。newbloommag.net。北京の新左派らが運営した同名の「破土」(英語名をGround Breaking)は、2016年にはサイトが閉鎖されている。ひまわり運動(14年3月から4月)は、学生や活動家が中国との両岸サービス貿易協定に抗議し、台湾の立法府を24日間占拠した。區龍宇『ヤツらの共栄圏、君たちの共衰圏 中国・香港・台湾の経済統合』も参照(「週刊かけはし」14年6月9日号掲載)

台湾の「左翼統一派」が19年の香港のデモをめぐって弾圧を擁護

 台湾の左翼統一派(労働党、「夏潮」、「苦勞網」)は、2019年の香港のデモをめぐってテストされ、失格した。
 ヒオエの19年11月の論文「香港デモに対する台湾の左翼統一派の見解が急激に右傾化」はこれらのグループの反応を記録している。「苦勞網」は「ラテンアメリカや中東の社会運動については多くの情報を掲載しているにもかかわらず、香港の抗議デモについては散発的にしか取り上げていない。これは原則に基づく連帯ではなく、国家への忠誠心によって左右される選択的な連帯だということである」。さらに悪いことに、複数の左翼統一派の著名人が香港警察の暴力を積極的に擁護した。ヒオエによると「これは抑圧された人々に対する国家権力と警察の残虐行為を常に支持する潮流」である。フランスの大学教授であるアラン・ブロッサは、フランスとチリの警察による暴力では死者が出ることを引き合いに出して、香港警察は「抑制されており、(デモの激しさと)釣り合いが取れている」と述べ、左派への信頼を隠れ蓑にして国家による弾圧を正当化した。作家のホン・リー(洪凌、Lucifer Hung)は香港理工大学包囲事件におけるプロテスターらの訴えを否定し、「西側メディアの陰謀論的報道」を引用しながら、閉じ込められた学生たちは催涙ガスやゴム弾に直面しながらもその場を自由に立ち去ることもできたと主張した。しかし、「実際には学生たちは何日も警察の催涙ガスやゴム弾から逃れられず苦しめられてきた」のである。張小虹(ジャン・シャオホン)は、国立台湾大学で学生たちが設置したレノン・ウォール(香港への連帯メッセージを張り出す「ジョンレノンの壁」)を汚損した中国籍の人物の国外追放について論じた文章の中で、レノン・ウォールを設置した台湾の学生たちを侵略者であるかのように描こうとした。

台湾の「左翼統一派」は左翼を偽装した中華ナショナリズム

 国立中央大学の卡維波(カ・ウェイボ)教授は、19年11月8日にデモに参加していた学生が死亡したことについて無感覚な嘲笑を浴びせ、香港警察のフェイスブックページのコメント欄に「ついに死者が出た。これでもう太子駅で抗議する必要はない」と投稿(訳注6)。同教授はその後も、香港の自己決定権を求めるいかなる動きも「内面化された冷戦イデオロギー」であり、「本質的に反中国的」であり、「『文明の衝突』という言説を助長するもの」だと主張した。同教授の理論の枠組では、中華帝国主義についてのいかなる議論も「中国と西洋近代が共存する可能性を理解しそこなった」ことを示しているにすぎない。

*訳注6 19年8月31日に香港の地下鉄「太子」駅のプラットフォームで、駅を封鎖した香港警察による激しい弾圧が行われ、連絡の取れなくなったデモ参加者がいたことから「死者が出た」という噂が広がった。太子駅の入り口は献花やレノン・ウォールなどの追悼スペースとなっていたが、香港当局や警察は死者が出たというのはデマだと主張。
 その後、11月8日に香港東部の郊外ベッドタウン将軍澳の抗議行動で22歳の大学生・周梓楽さんが3階の駐車場から転落する死亡事故が発生し、警察の催涙弾などが彼を転落させたのではないかという疑いが広まった。卡維波氏は本当に死者が出たかどうかわからない太子駅ではなく、実際に死者の出た現場に行けばいいというニュアンスでコメントした。また同じコメントで、デモに参加したことのある他の事故犠牲者に対しても侮蔑的な表現をしたことから非難が集中した。

 ヒオエの分析によると、この論調の核となっているイデオロギー構成は「中国は固有の特質として、また本質的に左翼主義と同義である」というロマン化されたノスタルジックな考え方であり、その帰結として香港の運動を必然的に右翼であるとみなすことになる。現代中国の抑圧的な状況で苦役を強いられている何百万人もの労働者や、彼らがしばしば援用するレーニン主義やトロツキズムなどのマルクス主義の伝統における自己決定権に関する左翼の考え方など気にするな、という態度だと批判する。
 中国国家と「原理としての左翼主義」を混同するこの考え方は、陣営論の誤りの中国語圏バージョンである。この誤りはお決まりの軌跡を描いている。ヒオエは左翼統一派の進化が米国のネオコンのそれに類似していると指摘している。左翼統一派は「左翼として出発したが、新左派の台頭への反応として次第に保守化していった」。
 これは厳しい審判だが、自ら招いたことだ。「台湾の左翼統一派は、自分たちの左翼主義が実際には左翼主義とは全く違うもので、単に中国のナショナリズムを偽装しているに過ぎないことを明らかにしている。ナショナリズムには左翼と右翼があるが、彼らのナショナリズムは非常に保守的である」。
 その戦略的帰結は自滅的だ。ヒオエが言うように、香港の19年の情勢は「左派が介入して台湾と香港の両方の人民の米国に対するバラ色の幻想を打ち砕く絶好の機会」だった。トランプは「香港を貿易交渉から排除する」と公言し、抗議活動を「暴動」と呼んだ。これは香港が米国にとっては「中国との地政学的抗争における1つの駒」にすぎないことを明確にした発言である。
 しかし、左翼統一派はそれについて効果的な批判ができなかった。というのも、すでに北京の側に加勢していた彼らは、本来なら自分たちの影響を拡大できたかもしれない運動からの信頼を失ってしまったからである。ヒオエは結論として、「卡維波とブロッサは、自分たちの大中華ナショナリズムのために、この重要な点を見過ごし、逆に香港と台湾における左派とは中国と同じ立場だという印象をさらに補強した」と述べている。

反帝国主義潮流における国家中心主義

 「2023台湾反戦声明ワーキンググループ(2023台灣反戰聲明工作小組)」が23年3月に発表した声明は、これらの潮流が国際的にどのようにつながっているかを明らかにした。国立陽明交通大学の傅大為(フー・ダイウェイ)をはじめとする学者たちは、「ノーム・チョムスキー・シンポジウム」に出席し、台湾海峡をめぐる緊張は主に米国の挑発によるものだとする声明を発表した。
 この声明についてヒオエは、「米国中心主義の硬直的な分析方法」が間違いの核心だと指摘し、「ウクライナが台湾と同様に、2つの大国の狭間で身動きが取れないなかで自己決定権を求めて闘っているときに、台湾の反植民地主義左派を自称する人たちがウクライナ人民の声を完全に無視するというのは、恐ろしい皮肉である」と述べている。
 この流れは、陣営論を掲げる欧米の広範な潮流と繋がっている。チョムスキーが22年8月の「ジャコバン」誌の映像コンテンツの中で台湾を「岩」と呼んだ時、ヒオエは次のように反論した。「チョムスキーの見解は、多くの米国左派の見解と同様に、世界には米国以外に悪は存在しないと単純に考えており、米国以外の帝国主義国家の現実を認識していない」。
 在外の諸グループにも同様のパターンが見られる。橋コレクティブ(Qiao Collective)が24年8月に「マンスリー・レビュー」誌に寄稿した台湾に関する記事「台湾:反帝国主義の視点」が「前近代史に大きな関心を示していることと、台湾史だとされている文書の中で台湾の人々についてほとんど言及されていないこと」において注目に値する。
 區は理論的な診断を下す。「陣営論者の反帝国主義は新興帝国主義を見過ごして旧帝国主義のみを標的にしているという点で中途半端であるだけでなく、国家中心主義という問題もある。彼らの関心は常に「この国家か、あの国家か」という点にある。彼らは国家を労働者階級よりも優先すべきではないことを忘れているのだ」。
 一方、16年から香港で活動する左派系ウェブジャーナル「無國界社運(Borderless movement)」は、主に労働組合員や草の根レベルの読者に支えられて、国家安全維持法が香港の市民社会を壊滅させたにもかかわらず、両岸の政治や東アジアの労働運動に対する批判的分析を続けている。

大国間の平和ではなく、人民の自己決定権のための越境的な連携を

 「普羅民主網」のテーゼは結論として、「台湾を取り巻くすべてのアジア諸国、米国、そしてさまざまな平和運動は、台湾のために声を上げるという大きな責任がある。それは、台湾人民の自己決定権を認めることから始めなければならない」と述べている。
 區はさらに鋭く、次のように述べている。「最も抑圧されている人々に手を差し伸べることを拒否したり、そのような人たちにこの地球上での正当な居場所を認めようとせず、2つの超大国の狭間で身動きの取れない被害者よりも超大国間の『平和』を優先する左翼は、『左翼』の名に値しない」。
 「3つの戦線」論は妥協の立場ではない。それは唯一の一貫した左派の立場であり、反帝国主義を真剣に考え、それを普遍的に適用し、小国を大国の政治に従属させようとするあらゆる者から自己決定権を擁護する立場である。それとは対照的に、陣営論は左派が影響を拡大できるかも知れなかった運動そのものからの信頼を失ってしまった。人民よりも国家を、大国間に挟まれた人民の間の連帯よりも大国間の「平和」を重視することによってである。
 「3つの戦線」論の強みはその起源、つまり帝国に挟まれた人々が同じ時期に経験した闘争を通じて構築された理論であり、外から押し付けられたものではないという点にある。香港と台湾のインターナショナリストの合流は、原則に基づいた分析を一貫して適用すれば、出発点は異なっていても、同じ結論に到達することを示している。
(25年11月29日付、同30日に加筆)

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