パキスタン 米・イラン和平会談

地域の好戦主義者が和平仲介?
対外印象上昇でも抑圧は不変

ファルーク・スレーリア

パキスタン主流の大はしゃぎ

 主流パキスタン人は今誉れ(自画自賛)にひたっている。米・イラン交渉――2回目の噂――の主催国として、イスラマバードははしゃいでいる。トークショーの司会者からユーチューブのインフルエンサーまで、一面的なメッセージは明瞭だ。パキスタンはついに世界的階層内でそれに値する役割をあてがわれている、と。
 知ったかぶりを遺産とするメディアによって他の場合では妥当ではないと見られた国際関係(IR)の学者たちが今は、画面上と論説ページに点在している。おそらくこれらのIR学者のひとりがメディアに、「ミドルパワー」というジョヴァンニ・ボテロ(1544年に生まれたイタリアの政治学者)の16世紀の観念を紹介した。とにかく都会の中間階級は、ボレロの他の場合は両義的な観念を熱烈に奉じている。
 伝統的なライバルであるインドがこの交渉に不在であるだけではなく嫉妬で燃えていることが、メディアや排他的愛国主義の中間階級、そしてもちろん国家管理層には色を添えるものになっている。私見では、これはこの国の支配階級の場合、1974年にイスラムサミットの主催国を努めて以来2回目のもっとも重要な「栄光の画期」になっている。しかしながら、今回それはそれどころかもっと大きな結果を内包するできごとなのだ。
 しかしながら問題は残っている。イスラマバードを何が少なくとも一時的に「世界的なピースメーカー」、スカンディナヴィア型のそれへと勢いよく押し上げたのか、と。昨年5月のインド・パキスタン紛争は明らかに、パキスタン指導部を米大統領のトランプにいとおしく思わせた。それでもこれは不十分な説明だ。

生計としての対外政策

 パキスタンは対外政策の上で生き延び成功している国だ。パキスタンの支配階級は、冷戦期にまで遡って、ひとつの機会が訪れた場合はいつも、地政学戦略の利益に頼り、またそれで利を得る技術を学んだ。当時に遡ってかれらは、競合諸大国間の関係の均衡を図る外交的技術を把握した。例えばパキスタンは、中国および米国と友好的な関係を保持している。1970年代にパキスタンは、米中秘密交渉を助け、外交関係に道を清めた。しかしながらパキスタンは、いくつかの機会に両大国を怒らせたこともあった
 パキスタンはアボッターバードから150㎞しか離れていないところで現在の和平会談で主催国を引き受けているが、しかし先の場所は、オサマ・ビンラディンが2011年5月2日に追い詰められたところなのだ。タリバンの司令官数人と彼らの家族もまた9・11後、米大使館から石が届くような近さでイスラマバードに住んでいた。
 北京自身もパキスタンに不満を抱えている。現在最大の北京の不満は、パキスタン内における中国の一帯一路イニシアチブのプロジェクトを妨げようとするイスラマバードの試みだ。巨大な中国のプロジェクトに雇用された中国人に対する命に関わる諸攻撃は、他では礼儀正しい中国共産党官僚を時々、イスラマバードを公然としかりつけるよう駆り立てたことがあった。
 同様にパキスタンは1979年以来、リヤドとテヘランと良好な関係を何とかつないできた。しかし各々で、対立や不一致が消えてはいない。テヘランは、パキスタンのシーア派市民に対する大規模暴力(アフガニスタンにもあふれ出しがあった)に責任がある反シーア武装部隊に与えられた国家保護に関し不満を抱いてきた。1月には、パキスタンのバロチスタン州を攻撃するためにイランがミサイルを発射し、ドローンを飛ばした。パキスタンは休戦公表前同様なものでやり返した。
 同様にモハンマド・ビン・サルマン(MBS)は2015年に、「フーチ派反乱」へのジハードで戦闘するためのパキスタン軍部隊派遣要請に対するイスラマバードの拒絶に腹を立てた。それでも4月16日、パキスタン首相のシャバーズ・シャリフはMBSから暖かく迎えられた。シャバーズ・シャリフは怪しげなアラビア語を話すが、それは大部分自国の聴衆を感銘させるためだ。彼は、2001年に彼の家族が軍によってサウジアラビアに追放された時にアラビア語を学んでいた。
 イラン外相のアッバス・アラグチは4月16日、テヘランにパキスタン軍の権力者のアシム・ムニルを迎え入れた。パキスタンは軍政国家であるため、軍の司令官たちが部隊と市民事項に支配権を行使してきた。ムニルの訪問は、パキスタンのメディアでシャリフのジッダへの旅より大きな扱いを受けた。この違いにはひとつ理由がある。経済や政策同様、外交もパキスタン軍総司令部の管轄内に入るのだ。もっとも重要なことだが、軍(マンパワー、技術)もまたパキスタンのもっとも重要な対外作戦主体かつ価値ある輸出対象だ。

賢い従属国としての歩み


 パキスタンは従属国だが、しかし賢いそれだ。その政策がパキスタンの市民に利益になっているかどうかは別として、国家の運営者はそれらの利益を成功裏に宣伝してきた。国際的に効力を保つ能力によって、かれらは得点を挙げ、権力の世界的かつ地域的な細道の利用を維持してきた。この利用は明らかに、歴史と地理(より低い程度で)の幸運な混合によって説明され得る。最近のイスラエル・米国の対イラン戦争の間、かれらはこれを自らの利益が関わっていた以上上首尾に展開した。
 この数日間、2時間毎に停電が起きてきた。これは、電力が大きく輸入原油からつくられているからだ。宗派間緊張は、支配階級にとってもうひとつの頭痛の種だ。イラン指導者のアリ・ハメネイ暗殺を受けた3月1日のカラチにおける米領事館への攻撃、およびギルギットーバルチスタンの大規模な不穏は、世界の1面を飾った。しかしながらこの宗派の側面は、理解可能な理由のため世界と当地の報道ではどこかに行ってしまった。米領事館への攻撃はシーア派の若者によって準備された。一方ギルギットーバルチスタンはシーアが優勢な地域だ。
 ほぼ全世界的な反米主義と広範に広がるイスラエル嫌いを条件に、月の長さになる侵略の間イランへの支持は宗派間分断を超越している。ムニル陸軍元帥はこれ以上のいかなる煽動にも警告するために高位のシーア派聖職者を呼び出した。パキスタンの国益よりもイランの方を好んだ聖職者への彼の助言は、「イランに移住する」ことだった。彼の助言は当然にも非難されたとはいえ、ムニルの警告は支配階級の懸念を示すものだった。
 その間イランが湾岸首長国に向け発射したあらゆるミサイルがイスラマバードを怖じけつかせた。パキスタンはテヘランを悩ませることはできないが、他方アラブの首長の逆鱗に触れる余裕もほとんどない。人がパキスタンの二国間債務を考慮すれば、湾岸諸国は(集団的に)、パキスタンの中国に次ぐ最大の貸し手なのだ。等しく重要なことは、湾岸諸国で働く何百万人というパキスタン人であり、かれらは送金の最大の源を構成している。しばしば奴隷もどきの条件下で働いているアラビア半島内のこの海外四散者が、パキスタン経済を破綻させないよう保っているのだ。
 皮肉にも、パキスタンは国際的にピースメーカーの役目を果たしていたが、中国は1週間にわたるカブールとイスラマバード間会談の主催国を務めていた。そしてインドとの関係は今も危険を伴ったままだ。
 パキスタンはイデオロギーによるピースメーカーでも必然性によるそれでもない。パキスタン国家のイデオロギー的基礎はインドとの対立関係に基づいている。カブールとの現在の緊張は、部分的にインド中心アプローチの延長だ。イスラマバードは、タリバン政権がニューデリーに取り入り続けてきたと憤激している(他の要素の中でも)。パキスタンは世界的にピースメーカーの役目を果たそうとするかもしれないが、しかしそれは地域的には好戦主義者として行動している。

賢さの結果は市民には破滅的

 世界的なあるいは地域的な力のある競合者たちを均衡させることは特別にパキスタンが達成していることではない。競争する保護者たちを喜ばせる従属国に関する他のケーススタディは諸々ある。しかしながら、パキスタンエリートの特殊性は、今回それをすべてやり繰りしているという事実だ。何がこの賢い「能力」を説明するのか?
 以下の諸要素の組み合わせが支配的派閥に賢い従属国の役を演じる余地を与えてきた。先ず国家の軍政的性格。民主制の下では、それが高度にそこなわれているとしてさえ、ひとつの支配体制は不人気な決定を行う余裕はない。しかしながらパキスタンの政策策定者はどのような有権者に対しても責任がない。
 パキスタンは、核能力を備えた軍をもっている。パキスタンは湾岸諸国に部隊を派遣してきた一方、そのトップの核科学者たちはイランとリビアがそれらの核計画を高めるのを助けてきた。
 パキスタンの外交政策の学者たちは通常、その政策の一説明として冷戦とパキスタンの地理に言及する。逆に国家の性格は、くっきりとした要素だ。つまり、異なったイデオロギーあるいは天の配剤をもつ別のパキスタン国家は、地理がどうあれ、違ったようにふるまってきたとも考えられるのだ。
 パキスタンはその対外政策を通じて生き延び成功しているとの主張は、支配階級の観点から行われている。市民の考えからは、パキスタンの対外政策の失敗は、それが隣国の問題になる時、破滅的に見えるものになる。たとえば、野ウサギ(タリバン)と共に逃げ、犬(ワシントン)と共に狩りをするような9・11後の政策は、パキスタンを「テロ国家」に変えた。9月11日後パキスタン中に広がったテロの波は、7万人以上の人命を奪った。パキスタン・タリバンの形をとった逆噴火は今もなお年に数百人の命を奪い続けている。
 パキスタンの場合のように、ひとつの国家がその隣国と平和的に生きることができなければ、それは同様に外交の巨大な失敗だ。隣国4ヵ国すべてとの平和は極めて重大で望ましいが、インド(またアフガニスタン)の場合それはふたつの理由から視界上にはない。
 第1に、先に強調したように、パキスタンはイデオロギー的にインドに対する復讐者と名乗っている。パキスタンには、このアイデンティティをまもなくどこかで脱ぎ捨てる計画が全くない。第2に、インド社会に対する圧倒的なヘゲモニー的支配に基づき現在インドを統治しているヒンドゥー原理主義のBJP(インド人民党)もまた、反ムスリムと反パキスタンの政策の上で成功している。それゆえ、その外観は予想可能な未来の場合楽観を許さない。
 もっとも重要なこととして、今回の和平の話し合いを助けることによって、パキスタンの異種混合体制は今疑いなく、たとえそれが不正選挙の産物であったとしても、その正統化を助けることになる好イメージを自ら積み上げ続けている。それが国際的にイメージを改善すればするほど、それは国内的にそれだけ抑圧的になりそうだ。(2026年4月20日)

▼筆者はラホールのビーコンハウス国立大学で教鞭をとっている。(「インターナショナルビューポイント」2026年4月25日)  

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