インド 連立政権の発足
ヒンドゥー民族主義が敗北した
ヒンドゥー至上主義と対決できる左翼の建設を
サスホヴァン・ダール
2024年6月4日、インド首相のナレンドラ・モディが3期目に選出されたが、獲得議席は減少した。彼のインド人民党(BJP)は、絶対多数の確保に失敗した。この結果は、以下のことを十分鮮明にしている。つまり、モディの統治下のこの10年にわたってこの国をつかみ悪化させてきた社会的・経済的危機に取り組むことに対する、彼の拒絶の対価をヒンドゥー民族主義者の最高指導者が今払っている、ということだ。
勝利と強弁しても敗北は不変
多くの人々はこの結果に驚かされた。ほとんどはモディの地滑り的勝利を予想していた。6週間にわたる投票を経て、10年間権力の座にいたBJPは、2019年の303議席を下回る240議席しか取れなかった(過半数には272が必要)。これはモディを、より小さな地域政党も含んだ15政党からなる連合、民族主義民主連合を指導する厳しい状況に置いている。それをモディの敵対者は「道義的敗北」と呼んでいる。何と言っても73歳になるモディは、憲法を修正できるようになるために、ロク・サブハ(議会下院)で400議席を狙ったのだ。
専制的指導者はこの想定外の後退にもかかわらず、民衆は3期目に向け(彼の)連合に信をおいたとして、それをある種歴史的達成と呼びつつ、彼の勝利を褒め称えた。それでも彼の党は、この国の北部にある、インドでもっとも人口が多く貧しい州のウッタル・プラデシュでも敗北した。
ウッタル・プラデシュ州はまた、この10年にインドファシズムの最新実験場としても浮上してきた。そこではモディが、アヨディア市で2024年1月、バブリ・モスクの廃墟の上に建てられたラム寺院の落成式を行ったのだ。それは、世俗的なインドをヒンドゥーの国に変える、という野望をもつウルトラ民族主義者に率いられたヒンドゥートバがもつ圧倒的な力を示す象徴だ。しかしBJPはアヨディヤでも敗北した。
モディは今や、20年以上の間制限知らずの権力と権威を享受することに慣れてきた者たちにショックを与えながら、彼の連携諸政党に依存するよう強いられるだろう。政治の光景が変化を遂げ、モディが実質的に弱体化しただけではなく、彼は今、インド政治と社会における彼の全面的な存在感に挑戦しようと努める新たに元気を回復した野党をも前にしている。
モディ・マジックは試練に直面
モディ・マジックは全体として機能を停止している。至高の指導者を軸とした個人的カルトは、選挙期間の中で不十分だと明らかになった。しかしそれほど突然に何が変わったのだろうか? 今回の貧弱な結果は、新たな高みに達したような、失業、底深い社会的・経済的危機、さらに全面的に広がる不平等に帰せられている。さらに、その中で少なくとも5百万人のインド人が死亡した新型コロナ危機に対する、モディの誤った対処もまた、彼の体制に対する不平をゆっくりと発酵させるような、主な要素のひとつにもなった。
経済の結果は、インドが今や英国よりも前に立つ世界第5位の経済大国であるほどに、紙の上では良好だ(IMFによれば、2024年の成長率は6・8%)。インド経済観測センター(CMIE)のデータによれば、インドは、45・4%という世界で若者の失業率が最も高い国のひとつだ。全体としての失業率は8%だが、それは数知れない不完全雇用と偽装された失業を考慮していない可能性がある。
インドは、労働力の92・4%が非公式部門で雇用されていると見られている国だ。空港の2倍化近く(74から140へ)が示すように、インフラが今なおも開発されている中で、公的債務は増大し(GDPの82%)、雇用を生み出す産業は不足している。IMFもまた、政府債務の全体はまもなくGDPの100%を超える可能性もある、と警告している。
国が直面する最大の危機のひとつは、2022年の始まり以来首尾一貫している田舎の所得下落を伴う、底深い田舎の苦悩だ。ある種終わりの見えないインフレスパイラルが、基本財をますます田舎の家計には入手不可能なものにし、この購買力喪失を悪化させている。それに加えてモディ政府は、農業危機に関し何も行わなかった。その危機は、農業部門に厳しい打撃を与えた新自由主義の諸方策をインドが取り入れた1990年代以来進行してきたのだ。農業はこの国のGDPの約18%に寄与しているとはいえ、それは最新の評価によれば、5億4900万人に達する労働力の45%を雇用している。
インドにおける農業危機と農業の困窮は、田舎の債務化に帰結している。農民の自殺に関し政府に提出された数多くの報告ははっきりと、田舎の家計の中にある債務化が主な原因になってきた、と指摘した。全国抽出調査事務所(NSSO)の2021年に公表された「農業家計および農地と家畜所有に関する状況評価・2019」は、インドの農民家計の約50%が債務を負っている、と明らかにした。これは、2019年にこの国には9億3千万の農場家計があったということを考慮すれば、途方もない数字だ。
宗教的分極化のもくろみは敗北
現在の選挙で大衆がもっとも強力な作用因として現れた。結果は、農民の闘いへの積極的な参加を見た選挙区で、BJPが38議席失ったことを示している。モディ政権はその座を奪われる可能性はなかったとしても、この選挙結果は街頭の群集の気分を完全につかんでいるわけではない。このインドの独立史上で自由で公正さがもっとも小さな選挙では、すべてが野党に敵対的に積み重ねられたということを忘れないようにしよう。与党は、問題が行政機構、メディア、また資金となった場合、野党よりもはるかに利点を確保したのだ。
われわれはこの権限委任を、世俗的かつ民主的なインドに向けたものと解釈できるだろうか? 一定の方向ではそうだ。しかしそれも部分的にすぎない。
モディは、彼の権威主義支配の10年に対する疑問の余地ない民衆的承認、およびこの国のブルジョア民主主義的構造を分解することを内容とする次の5年への支持、を追求した。有権者は彼の計画を承認するのを断った。彼のヒンドゥー多数派中心政策を支持した有権者内部ですら、彼の残忍な反ムスリム諸見解にもかかわらず、民族的・宗教的共同体に基づく訴えは、他の考慮すべてを上回って広がることはなかった。
この結果は、不可侵性という彼のイメージに区切りをつけ、それはまた彼にとっての個人的な敗北でもある。当面だけだとしても、むき出しの専制に向かう国の民主主義の堕落は止められた。これは、おそらく議会内外の双方で民主的な空間を開け放つだろう。
民族義勇団(RSS)――右翼ヒンドゥー民族主義の民兵組織――と一体となったBJPの設定課題は、ヒンドゥー国家創出のため圧倒的な多数(3分の2以上)を助けに、憲法を修正することだった。これは当面先延ばしされている。BJP―RSSのヒンドゥー多数派中心構想は選挙で決定的な打撃を受けた。しかし全面的に打ち破られたわけではない。
モディは敗北したが先は不透明
野党の場の活力回復は、確実に異論と反抗に向け諸空間を広げるだろう。国の圧倒的多数にとって経済情勢が悪化するにつれ、われわれは今後の日々ますます多くの抗議と反乱を目撃するだろう。
しかし、ファシストを打ち破る上では、自然発生的かつ挿話的な蜂起だけで十分だろうか? われわれが強力に報復できる手強い権力にぶつかっている、という事実を忘れないようにしよう。世界的な右翼の波もまた、インド政治に否定的な結果を及ぼしている。BJPは、国を貫くRSSの強力な草の根ネットワークに支えられて、選挙の敗北から立ち直る能力を見せつけてきた。抑圧機構は、和らぐ兆候を全く見せていない。「ヘイトスピーチ」を理由とする訴追として、作家のアルンダティ・ロイを標的にしてBJPがとった行動は、かれらがより精力的に抑圧を実行したがっている、と指し示している。
したがって、結論を下すには早すぎる。BJPは絶対多数を失っているが、しかし打ち破られてはいないのだ。野党の達成成果に対する過大視はどんなものでも、われわれを間違った政治的道に連れ出す可能性がある。
しかしながら、今回の選挙結果はモディの不可侵性に疑問を高めただけではなく、この国を10年にわたる一党支配の後に連立政府へと戻してもいる。議会に対する全面的な支配に基づく強力な政府は、労働者階級にとって良い前兆にはなっていなかったと思われる。
弱い政府は確実に、左翼と社会運動に向けいくつかの選択肢を広げると思われる。われわれはそれを利用する目的で、強力な民主的な構成要素に基づく、変革力を内包する強力な反資本主義的ビジョンを基礎に、対抗的影響力のある物語りを生み出すことができるような、明確に表明された戦略を必要としている。
しかしながら左翼は、議会内の存在感を6から9へと高めることができたとはいえ、現在のインドの政治的構図において考慮される力にはほとんどなっていない。今こそわれわれは当然にも新たな左翼を必要とする時だ。その左翼こそ、ヒンドゥーのヘゲモニーと対決して闘うことができ、また民主的な社会主義の建設という変革力のある対抗構想からも切り離されない左翼だ。
▼筆者は、活動家で労組活動家、インド内の第4インターナショナル支持者でもある。(「インターナショナルビューポイント」2024年8月5日)
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