米国大統領選挙
ハリス勝利でも1%支配は不変
トランプ勝利は極度の反動へ
最大の課題は左翼の歴史的任務への挑戦
ケイ・マン
以下は、今激しく闘われている米大統領選の推移と現状況を現地から伝えている。特に、二大政党から独立した左翼の動向をはじめ一般紙では伝えられていない情報もあり、紹介する。(「かけはし」編集部)
劇的なできごとが連続的に
米大統領選はこの夏、民主党(DP)と共和党の選挙における運勢を逆転させた一連の劇的なできごとによってひっくり返されてきたが、他方で緑の党米国のエコ社会主義者、ジル・ステインや急進的知識人のコーネル・ウエストといった左翼第三党の候補者は、多くの州で投票用紙掲載を求めて闘っている。
6月27日のバイデンの悲惨な出来映えは、81歳になるバイデンの認知能力に関しいくつもの疑念を高め、民主党の指導者たち、および親DPジャーナリストたちの彼の撤退に向けた、高まる、また最終的には成功を見たコーラスへと導いた。トランプに対する未遂に終わった暗殺の試みの後には、十分に台本が練られた共和党全国大会が続き、そこでは党に対するトランプの全面的な支配がはっきりした。
その後バイデンの撤退、および副大統領のカマラ・ハリスのDP大統領候補者としての急昇進があった。世論調査は、トランプとバイデンは両者共不人気と示したものの、大会後には、トランプが追い風をつかみ、共和党は大統領を勝ち取るだけではなく、上院で議席を増大させ、下院の過半数をも獲得できるだろう、との共和党の期待を押し上げた。
しかしながら、バイデンが、ナンシー・ペロシやバラク・オバマのような党の重鎮、さらにキャンペーンへの資金寄付を削り落とし始めた大口寄付者からの圧力に屈し、彼の副大統領のカマラ・ハリスにたいまつを渡すと、民主党は驚くようなエネルギーの爆発を見出した。ハリスが彼の運動仲間を、中西部有権者へのアピールにうってつけの中道左派政治家である民主党知事のティム・ウオルズを指名すると、彼女のキャンペーンは、バイデンの撤退後の週の一挙的な2億ドルを含んで、熱気と寄付でのさらなる押し上げを示した。8月19日に開幕したシカゴでのDP全国大会前夜までに、世論調査は、全国と鍵を握る州でハリスが僅かにトランプをリード、と示している。
民主党全国大会(DNC)は統一と前向きのエネルギーからなる一大ショーだった。トランプの過激主義はDNCに、ハリスとウオルズを公民権と女性の権利以前の米国への回帰に対する防波堤として提示する一歩を与えた。それは、数多くの発言者がバイデンの政治とのいかなる断絶も示すことなく繰り返した、「われわれは戻るつもりはない」のスローガンの下で行われた。
トランプの選挙戦略は不調に
ハリスの政策的言明は、進歩的というよりもむしろポピュリスト的だった。大会でハリスと他の者は、性と生殖の権利の擁護を支持して発言した。そしてその権利は、米国最高裁が中絶を合法化した1973年の「ロー対ウェード」決定をひっくり返した「ドッブス対ジャクソン」裁定を出した2023年夏に厳しい後退を喫していた。
しかしハリスと他の者は、犯罪への厳しい言明も、通常は共和党に関連づけられる厳しい国境管理を実施するとの約束も行ったのだ。ハリス自身はサンフランシスコの元検事であり、そして大会のフロアから発言したのはひとりの警察首脳だ。
トランプと右翼識者は、ハリスのインフレと闘うための価格統制呼びかけに、ハリスに「コミュニスト」とレッテル貼りをするため飛びついたものの、その提案は反資本主義というよりもポピュリズムだ。またこれには前例もある。共和党大統領のリチャード・ニクソンは、1971年に90日間の賃金と価格の凍結を実施した。
ハリス―ウオルズ候補者名簿はエネルギーをつかみ始めた。トランプはまだ、バイデンに年寄り過ぎる、また弱々しいとくさした対バイデンの運動から、はるかに若い候補者(59歳)のハリスを相手とするキャンペーンに取りかかるために、効果的にスイッチを切り替えることができていず、彼の足場を捜すことでばたばたしていると幅広く見られている。
彼は、彼の顧問たちやさまざまな共和党指導者たちから、国民をまとめる調子を打ち出し、父親がジャマイカ移民で母親がインドからの移民である二重の民族性をもつ女性のハリスに関し、あからさまなレイシスト的で性差別的な攻撃をやめ、政策の違いに焦点を絞るよう助言を受けてきた。しかしながら彼は、過去の名声の欲求や陰謀論ばらまきを動かすことができないように見える。その陰謀論は、ハリスの集会参加者数はAI技術で膨らませられていた、というようなものだ。
ハリスとウオルズに「コミュニスト」とのレッテルを貼る彼のもくろみもまた、検事としての彼女の保守的な過去を条件とすれば、またムスリムと移民がずっと前に保守的なお化けとしてコミュニストに取って代わっていたことも理由に、完全に失敗している。
トランプはまた、共和党のジョージア州知事のビリアン・ケンプをも、2020年の選挙を盗むという彼のもくろみを支持しなかったことを理由にしたケンプとの争いの一部として、その州での集会の中で攻撃した。あり得ることだが、トランプの高まる不人気と立場を決めていない有権者内部の支持喪失が、次の11月5日にまた争いの対象になる多くの下院議席を求める共和党の投票用紙記載順引き下げキャンペーンを困らせる可能性もある。
トランプの反動政治を示す兆候
もちろん、11月には彼が勝つに違いないとの、トランプがつくり出す期待は多くある。トランプは「報復」で脅し、「初日だけは」独裁者として行動するつもりだ、と言明したことがある。彼は決まったように、存在しない犯罪の波を理由に移民をスケープゴートにし、極右のキリスト教民族主義者を励ましてきた。
民主党は、ヘリテージ財団という名称をもつ右翼「シンクタンク」と彼の大統領期からの元トランプスタッフ数十人が用意した900ページに上る文書、「プロジェクト2025」に飛びついた。それは、反動的諸政策の要請リストだ。ウィスコンシン州ミルウォーキーにおける共和党の全国大会討論を見守った者たちは、大会代議員たちが「大量国外追放直ちに」を求めるプラカードを振るのを、また発言者が愛する者のフェンタニル(鎮痛剤に利用されている合成オピオイド剤:訳者)による死のことでバイデンと移民を責めるのを見た。気候変動への言及はひとつもなかった。「プロジェクト2025」もまた、数万人に上る市民サービス官僚を親トランプの政治的指名者で取り替えることを求めている。
トランプによる、オハイオ州の反動的な一期目の共和党上院議員でベンチャー資本家であるJD・ヴァンスの指名は、異なった副大統領候補者ならば表現していた可能性もあるような、地域的、人口統計的、あるいは政治的な架け橋がなくてもバイデン相手ならば勝利できよう、とのトランプの自信を映し出した選択だった。
トランプの立候補仲間に指名されて以来、数を増すメディアの注目は、ヴァンスの過去の言明に絞られてきた。それらは、子どものいない女性を攻撃する、そして子どもがいる市民には子どものいない人々より多くの投票権を与えられるべきと、また閉経後の女性の「目的」は、ある種の20世紀ファシズム的民族主義の焼き直しとして孫たちを世話することと示唆するものだ。彼は、パリの夏季オリンピック期間、ボクシング競技で金メダルを獲得したアルジェリアのシス・ジェンダー女性ボクサーのイマネ・ケリフに対し、ツイッターを通じて意地の悪いトランス嫌悪のコメントを送った。
ハリスのアキレス腱はガザ
双方のキャンペーンは、各々のキャンペーンにとって決定的になる可能性もある鍵を握る問題に関し、綱領的な試練に直面する。ハリスは、ガザにおけるイスラエルの殺人的な攻撃に対するバイデンの支持と組にされている。そしてその支持は、民主党の予備選の中で「未決定」の棄権として見られたように、アラブ系米国人と若者との関係で民主党の足場に打撃を与えてきた。
大統領候補者として彼女が最初に行ったキャンペーンイベントのひとつにおける親パレスチナデモ参加者に対し、ハリスはかれらがトランプの勝利を望むのかどうかを問うことで素っ気なく応じた。2、3日遅れて彼女は、ガザでの停戦とイスラエルの人質の帰還を支持すると言明し、行動を改善した。しかし、以前と同様バイデンは、技術的に改良された兵器類購入のための対イスラエル軍事援助パッケージ350億ドルを承認した。
DNCは統一されていたように見えたが、そこには一連の親パレスチナの、性と生殖の権利の、またLGBTQIの行進やイベントがあった。しかしこれらは案外に小規模だった。大会前夜のデモ参加者は千人を下回った。「DNCへの行進連合」が呼びかけたデモは、大会1日目に行われたが、参加者は約3千人だった。しかし主催者は、シカゴ地域には米国最大の5万人のパレスチナ系米国人がいることを条件に、参加者を3万人と期待していた。失望を呼ぶ参加になった理由には、シカゴ市に行進許可を承認させる困難が含まれるが、またこの行進の組織化を厳しく統制した「自由の道社会主義組織」(FRSO)による行進へのセクト主義的な取り組みもある。
親パレスチナ運動は、ガザでの停戦と対イスラエル武器禁輸を要求している。それが米国にイスラエル武装を止めさせるためにはもっとはるかに大きく強力な運動を必要とするだろうが、ある種の停戦はあり得ることだ。もしも停戦が合意に達するとすれば、ハリスは、ガザでのイスラエルの攻撃に対する支持のゆえにバイデンから顔をそむけた一定の支持者を取り戻す可能性もあるだろう。
その方程式におけるもうひとつの要素は、8月後半と9月はじめに学生が教室に戻ってくることになるだろう。そこには、この春学生が親パレスチナのキャンプを設営した百の大学が含まれる。しかしながら、次のことはこれから分かることとして残っている。つまり、ハリスのもっと同情的な調子やあり得る停戦が、イスラエルに対する支持のために「ジェノサイド・ジョー」に怒っている数千人の「立場未定の」民主党支持者のいくらかを取り戻すのに、またキャンパスの抗議への決起を低めるのに十分かどうか、だ。
トランプと性と生殖の権利
トランプは、性と生殖の権利に関して似たようなジレンマを抱えている。彼の党内には極めて強力な反中絶潮流がある。しかしトランプは、中絶の権利は共和党員を含む米国人の過半から支持されていると理解している。彼は、この問題は州のレベルで決定されるべき、と主張することで矛盾を切り抜けようと試みたことがある。プロチョイスの共和党員と無所属を遠ざけることなしに彼の党の反中絶派にはプロライフに見えるようにとのこのもくろみは、逆効果であるように見える。
全国での中絶禁止を夢見ている共和党の中核的な反中絶派は、彼がかれらの大義を放棄した、と感じている。ヴァンスは先頃ひとりのジャーナリストに、トランプは全国規模の中絶禁止には拒否権を行使するだろう、と話した。他方プロチョイスの共和党員たちは、中絶を合法化した1973年の最高裁裁定、「ロー対ウェード」の逆転を、彼がどれほど自慢げに手柄としたかを指摘している。これは、9人定員の法廷に対し反動的な判事3人の指名を彼が行ったことを通して可能になったのだ。
戦場の州が勝敗を左右する
米国の植民地が英国から独立を勝ち取った直後の1790年代に制定された米国の大統領選挙制度は、選挙人の勝者総取りに基づいている。各州はその人口によって決められた選挙人の票数を保持している。ある州の票の単純多数を受け取った政党がその州の票全部を与えられる。過半数――選挙人の538票のうち270票――を受け取る候補者が大統領職を獲得する。
近年の選挙では、多くの州が一方に偏って共和党(米国の政治語法では赤)、あるいは青になり、時に「紫」と言われてどちらかの方向に向かうに十分なほど接近している民主党の州が、接近した全国選挙で特別に肥大した役割を演じている。
この選挙で鍵を握る要素は、民主党がミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンのような戦場の州で労働者階級の票を取り戻せるかどうか、になる。そこでは、1980年代に始まって労組や労働者階級のコミュニティや生活水準を壊した広範な工場閉鎖に回答を提供する点での民主党の失敗まで、民主党が労組の支持を確保したが、その民主党を多くの労働者が見放していた。工業の州で公式には青の州だったミシガンをトランプが勝ち取ったことが、2016年にヒラリー・クリントンに対する彼の勝利で中心だった。
選挙と労組:官僚のDP依存
米国の労組は、1930年代にフランクリン・デラルド・ルーズベルト(FDR)大統領の下に集まった黒人公民権諸組織と並んで、民主党ニューディール連合の大黒柱になってきた。DPへのそれらの支持の見返りに労組が受け取ったものの小ささにもかかわらず、労組官僚はDPに固執し、DPと決裂する努力に反対してきた。
ティムスター運転手労組(IBT)の委員長のジーン・オブライエンは、共和党大会での発言のことで進歩派の労働界の中で激しく糾弾された。オブライエンは、シカゴの民主党大会での発言には招待されなかった。
全米自動車労組(UAW)委員長で、米国労働者階級の一指導者として登場している戦闘的階級闘争派労組活動家のシェーン・フェインは当初、どの候補者へも支持を保留した。しかしその後、同労組を代表してハリスを承認した。フェインが指摘したことは、バイデンは労組のピケットラインを歩き、UAWが率いた自動車ストライキの間ストライキ労働者に言葉の支持を与え、他方トランプは非組労働者と共に集会を行った、ということだ。
フェインはトランプを、「億万長者」の反労働者階級代表として公然と非難し始めた。そしてそのトランプは、ベンチャー資本家のイーロン・マスクとのインタビューで、彼の反労組的観点をマスクが所有する元ツイッターのXではっきりさせた。トランプは、親労組の労働者を解雇したとしてマスクを賞讃したのだ。それは、翌日のUAWによる不当労働行為訴訟提起に導いた。
トランプと共和党に関しもちろん彼は正しい。しかしバイデン、ハリス、ウオルズはかれら自身は億万長者からかけ離れているとはいえ、民主党もまた1%によって支配されているのだ。UAWと並んで、サービス従業員国際労組(SEIU)、州・郡・自治体従業員全米連合(AFSCME)、また全米教員連合(AFT)のようないくつかの最大労組、およびAFL・CIO労組連合がハリスとウオルズを承認している。
「よりマシな悪」か独立政治か
米国は今も、労働運動との組織的な結びつきをもつ、何らかの種類の大衆的な労働者政党、社会主義政党、あるいは共産党を欠いた唯一の工業先進国であり続けている。左翼は、何十年も「よりマシな悪」戦略(よりマシな悪としての民主党への投票)を論争してきた。
主唱者は、歴史的に公然とした親ビジネス、反労組の共和党は労働者と被抑圧層にとってDPよりも質的により悪い、と力説する。その戦略の反対者は、宣伝キャンペーンを展開し、現在の労働者と社会運動の闘い、およびDPとの決裂への支持を構築する左翼の第三党候補者を支持することによりDPの外部に立つような、独立した労働者階級政治の重要性を強調する。
2024年の選挙の場合、よりマシな悪の主唱者は、新たなトランプの大統領期が内包する危険を指摘する。左翼のある者は投票交換という案を提案した。それは、「安全な」DP多数派州のハリス支持者は、戦場州内のジル・ステイン支持者のハリスに投票するという約束と交換に、ステインへの投票に同意するだろう、というものだ。
米国内最大の社会主義組織であるアメリカ民主的社会主義者(DSA)は、よりマシな悪という衝動に抵抗してきた。そしてひとりの候補者も承認をしたことがない。2020年の大統領選で、第4インターナショナルのシンパサイザー組織であるソリダリティは、緑の党候補者とソリダリティメンバーのホーウィー・ホーキンスを承認した。
今年ソリダリティ内には、バイデンに向けたよりマシな悪投票への支持は全くほとんどなかった。革命的社会主義組織のテンペスト・コレクティブはひとりの候補者も承認していないが、そのウェブページによりマシな悪に反対する論文を載せている。
2012年と2020年の緑の党米国の候補者でもあり、ガザでの停戦と対イスラエル武器禁輸を訴えたジル・ステインは、アラブ系米国人コミュニティ内で印象的な支持を獲得している。先頃の世論調査は、ミシガンのアラブ系米国人の43%がステインを支持していると示した。他の世論調査は、彼女が全ミシガン有権者の1%から支持されたと示している。
ステインは、50州の内およそ35から40で投票用紙に載せられると当てにしている。いくつかの州では、民主党が投票用紙からステインや他の者を排除しようと懸命に活動してきた。他方共和党は、黒人知識人のコーネル・ウエストを投票用紙上に進めさせようと冷笑的に請願してきた。先頃ミシガンで投票用紙上に現れるための戦闘に勝利したウエストは、これまでに一握りの州で投票用紙参入を得ただけだ。
ホワイトハウス取り戻しに向けたトランプの見通しが衰えて見えるにつれ、彼は、今年の選挙が民主党に盗まれたとの主張に向け土台を据え始めている。2020年の投票不正を申し立てるトランプの民事訴訟すべては敗北したものの、共和党が支配する州議会が、2020年にバイデンに対しかれらが行ったように、ハリスの勝利を証明するのを拒否するだろう、との危険は残っている。しかしながら、2020年にトランプは現職だったが、しかし今年権力の手綱はバイデンに握られている。
もしトランプが11月に勝つならば、われわれが予想できることは、移民やLGBTQIに対する悪意のある攻撃、全国規模の中絶禁止に向けたもくろみ、キリスト教民族主義的女性蔑視とレイシズムへの励まし、労組とマイノリティの投票権に対する攻撃、労働者の安全と環境保護の取り外し、そして度を強めた化石燃料探査だ。
ハリスがトランプを破れば、左翼は安堵の息をつくだろうが、なおも対イスラエルの米国支援、厳しい住宅危機、巨大な社会的不平等、そして大衆的な労働者階級の政治運動と1%から独立した政党の建設という歴史的任務はなくならないだろう。
▼筆者は、オハイオ州のオックスフォードにあるマイアミ大学の社会学見習い助教授、かつソリダリティのミルウォーキー支部メンバー。(「インターナショナルビューポイント」2024年9月10日)
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