スリランカ 最大の難関は国際金融資本の壁
同志の大統領?
「変化」を託された新政権の前には数々の難問
B・スカンサクマル
スリランカ政治文化の打ち壊し
中道左翼の国民の力(NPP)連合大統領候補者としての、アヌラ・クマラ・ディサナヤカ(AKD)の9月21日の勝利は、象徴的な、また実質的ないくつかの理由から高度に意味がある。彼の前任者たちはこれまで、1948年の英国からの独立以来社会的かつ政治的なエリート出身で、スリランカで統治を誤ってきた。何人かはそのエリートに生まれたが、他方ひと組(ラナシンゲ・プレマダサ、マイトサーパーラー・シリセーナ)は、かれらが大統領職を占める以前に、政治のビジネスを通じて出世を遂げていた。対照的に、ディサナヤカの政治的な生き方は、アウトサイダーとしてのものであり、そのエリートに対する批判者だった。
新大統領は、元々いた不毛な土地の高地から、乾燥した地域での生活を改善するために他の者が行ったように、灌漑された北部中央に移住した田舎の貧しい一族に生まれた。彼の父親は政府出先機関の下級被雇用者だった。そして母親は、一族の小作農地である水田の手入れをしつつ、大家族世帯の世話をした。彼は、彼の近親家族の中では大学に入学した最初の者であり、公立大学で自然科学を学んだ。
彼は1980年代後半ケラニヤ大学において、当時地下組織だった――それは1983年に右翼の統一国民党政権によって非合法とされ、その後1987年から1989年の2回目の反国家蜂起の中で厳しく抑圧された――ジャナータ・ヴィムクティ・ペラムナ(JVP―人民解放戦線)の学生活動家だった。そして、党が合法化され、選挙政治を通じることも含めて再建され始めた後、専従の政治活動家になった。
搾取され周縁化された階級出身の者としての、また公式のマルクス・レーニン主義政党の指導者としての、スリランカのドゴール主義的スタイルのシステムの中にある国家と政府の首座としての彼の選出は、その鋳型を打ち壊すことになった。
古い文化の変化求めた候補者
彼は、社会主義あるいは反資本主義の政綱にもとづいてではなく、むしろ退化を続けた数十年の古い政治文化における「変化」を求める叫びを取り上げてキャンペーンを行った。ちなみにその政治文化は、国家が当時の320億ドルにのぼる対外債務への利払いを不履行したスリランカの財政破綻で頂点を印した2021―2022年の経済的破局によって、階級、ジェンダー、民族、また地域を貫いて住民の大きな諸層から糾弾されている。
彼に票を投じた者たちの、またそうしなかった者たちの期待は、投票日から投票日までの間人々の主人顔するような政治文化を政府が変えるだろう、というものだ。その文化は、政府内にいようが野党であろうが、自らに特権や役得で、つまり決定策定を通じたかれらの役所からの利益、また他の政党や現地と外国のビジネスからの賄賂で、さらに政府が行うあるいは国際的な入札や契約への参加で報いるのだ。そしてかれらは、かれらの在職中の専横や犯罪を理由とする捜査、起訴、投獄からの免責を享受している。
これがジャナサ・アラガラヤ(シンハラ語で人民の闘争)として知られる2022年の民衆的反乱の感情だった。その運動は短命だったとはいえ、国民の力連合の人気の飛躍に大いに貢献した。ちなみにこの連合は、その階級的基盤を左翼プチブルジョアジーや労働者階級諸層からもっと保守的な諸層にまで広げるため2019?年にJVPによって始められ、大統領職へのAKDの道を清めた。
彼の党が伝統的な政治階級の外側にいるがゆえに、またしたがっていかがわしさで汚染されておらず、多年の間反汚職をその中心スローガンにしてきたがゆえに、この曖昧で捕まえどころのない「変化」を欲している者たちがこの党に向きを変えた。かれらは正しくも主流的なふたつの右翼連合(前大統領のラニル・ウィクラマシンハと議会野党指導者のサジット・プレマダーサを軸とした)の候補者を拒絶した。
NPPは過半数には不足するものの、560万票という最多票(42%)を受け取り、中央、東部、北部の民族的マイノリティが居住する選挙区は別として、22選挙区のうち15選挙区でリードしている。その得票基盤は圧倒的に多数派シンハラ民族(人口の75%)からのものだ。しかし今回をめぐっては、それはムスリムとタミールというマイノリティ内部で、この島中で特に若者内部で支持者を獲得し始めるようになっている。
NPPは225議席の立法府内に3議席しかもっていず、おそらくその閣議は世界で最小なものだ。新大統領の最初の行動のひとつは、早々の議会解散だった(憲法上の資格がある)。総選挙は11月14日になり、新議会の開会日は1週間後になるだろう。NPPが政府形成のために必要なのは113議席だ。これは、大統領職を勝ち取るよりももっと厳しい挑戦課題だ。
NPPがその支持者が期待するようにこの政治システムをリセットすることになるか、それともそれに同化することになるか――旧左翼のかつての競争相手、元トロツキストのランカ・サマジャ党やスリランカ共産党が行ったように――は白紙の問題だ。
前政権は富裕層向け安定性追求
親ラジャパクサ(逃亡した元大統領:訳者)の議会多数派および野党からの変節者との連携で形成されたラニル・ウィクラマシンハの政府は、金持ち階級のための経済の安定化と成長の回復に成功した。表面的インフレは先月0・5%にまで下落した。利用可能な外貨準備は46億ドルに達している。為替相場はドルに対し約300LKR(スリランカ・ルピー)にまで強化されている。国内総生産は今年ほぼ4%拡大するだろう。貧困層はもはや富裕層と同じく、燃料や食品や薬剤といった必需品のために行列しないとはいえ、かれらは富裕層とは異なりそれらに支払う手段が何もない。
関税が140%引き上げられた後停電は全くない。しかし昨年、百万世帯が請求書に支払う余裕がないために送電網から切断された。食品価格は、ロシアのウクライナ侵略の後、そして2022年の経済惨事の中で自由落下になったルピーを受けて平均で3倍に上昇し、全世帯の24%に食糧不安を高めている。4人にひとりは、公式の貧困線以下にいる。
スリランカは2023年3月、IMFとの17回目の借り入れ協定に入った。4年にわたって延長された金融支援の29億ドルは、経済の構造改革における進展基準を満たすことを条件として、年2段階で支払われる。
満たされるべき目標は以下だ。
▼2025年までに国内総生産の2・3%のプライマリー財政黒字(支出を上回る政府歳入)。
▼2027年から2032年の間で、国内総生産の13%まで政府の借り入れの必要(総金融需要)を引き下げること。
▼2032年までに、公的債務の対国内総生産比率を95%まで引き下げること。
これらの目標が達成されるものと仮定する――国家支出の縮小、および雇用と所得の成長に向けた公的刺激の拒絶に関係するあらゆる社会的かつ政治的犠牲によって――として、スリランカの債務総額は、それが2023年にあったものよりも大きくなっていると思われる。そして対外債務利払いは、米財務省の役人によれば、2027年までに政府歳入の30%をむさぼり食うだろう。そしてそれは彼の観点では、もうひとつの国家的デフォルトが不可避になることをもっとありそうにする。
IMFが推進し、政治的な、行政の、また市民社会の関係者が熱烈に支持している構造改革とは以下のようなことだ。
▼貧しいものが富裕層よりも比例を失して支払うがゆえに逆進的な間接税の引き上げ。
▼借り入れ費用をさらに高くして零細・小企業を不利にする、銀行利子引き上げ。
▼公的部門の退職基金が主要な投資主体だった国内債務の再編、これは給付の最終価値の激しい切り下げに導く。
▼国家の職員名簿削減のための公的部門労働者削減、それは公共サービスをさらに腐食させ、私的部門の提供主体のために市場機会をつくり出す。
▼交通や調理や電力向け燃料のような公共財に対する市場価格化を通じた補助金外し。
▼所得と資産を基礎に特定集団を「標的にする」、「社会的安全網」に対する社会保障制度解体。
▼労働法規の既成外し的刷新を通じた労働力市場の臨時化。
▼現在食糧穀物を栽培している小農に対する農地所有権を通じて、農地の商業(輸出)穀物向け大規模所有への統合。
▼公的インフラ、公共サービス提供、建設業、さらに雇用にとっての含みをもった、政府による資本支出計画の凍結。
NPPの経済路線とIMF協定
NPP連合の主な構成主体であるJVPは、ゲバラ主義と毛沢東主義の傾向をもつ革命的社会主義政党として、1960年代の青年急進化の中で出発した。したがってそれは歴史的に、IMFや世界銀行のようなブレトンウッズ諸制度への敵意を含んで、反帝国主義政治と関係づけて考えられている。
しかし党は、1994年以後に議会政治に参入して以来、経済における国家の指導的役割を伴う混合経済の受容に移行している。ちなみにこの期間は、資本主義に対する信頼に足るオルタナティブとしての社会主義の危機が先行した欧州内での「社会主義」ブロックの崩壊、および世界資本主義への統合と私的資本に対する激励による中国の市場改革という対抗モデルからなるような、地政学の全体的流れの中にあった。この党は近年、それが複製を願うサクセスストーリーとして、ベトナムの名を挙げてきた。
JVP―NPPは新自由主義の主唱者ではないとはいえ、その2024年選挙キャンペーン、およびそのマニフェストと政策文書の基礎に、一貫した反新自由主義があるわけでもない。もっとも重要なことだが、NPPは――そして新大統領が国に向けた彼の最初の演説内で確証したように――進行中のIMF計画から抜け出さないと約束している。
彼は以前、この協定は既成事実であり、現在公私の債権者との債務再編交渉に対する前提条件になっている、と語ったことがある。つまりそれは、彼の手は縛られ、公衆の期待は双方の申し分のない完了を求めている、と暗示している。
代わりにNPPが語ることは、かれらはIMFの債務の持続可能性評価に立ち戻るつもりだ、ということだ。その評価は、過酷な緊縮諸方策を含むその政策的条件付けに対する技術的理論的根拠を提供している。
新政府は、現在の枠組み内部の諸変更を提案している。たとえば、貧困層と下層中産階級に対する税の引き下げ、非戦略企業の売却に扉を開いたままのいくつかの国有企業(JVPが実質的な労組の存在感を確保している部門)の公的所有としての維持だ。さらに、政府支出の合理化、および国内生産の強化、それによるスリランカの外貨準備を押し上げることを通じて輸入支出を削減しつつ、輸出歳入を増額することを通して「財政強化」を押し上げることもある。
重要なこととして、NPPは、対外債務の「法的監査」を行うつもりだ、とも語ったことがある。そしてそれが示すことは、NPPは少なくともその債務のいくつかはいかがわしく正統性がないと、またそれを市民と将来の政府に負わせてはならないと認識している、ということだ。
IMF協定順守で変化追求?
NPPは、IMF協定への、また進行中の債務再編プロセスへの忠誠を繰り返し力説してきた。これは部分的に、政策担当既成エリートと公衆の幅広い層内部の、IMF協定の崩壊は海外債権者との交渉を混乱させ、経済的不安定へと螺旋的に転落させるだろう、との怖れをやわらげるためだ。この連合はまた、それはスリランカ内外で急進的というよりも「責任感がある」、また教条的以上に実利主義的と見られたがっている、との合図も送っている。
NPPはまた、親自由貿易主義、親外国投資、さらに親輸出志向だ。それは、私立の医療サービスや教育サービスの拡大を逆転するつもりはなく、むしろそれを利用者の利益に沿って規制すると約束している。それは、典型的な新自由主義の教義を、国内生産拡大(つまり、そう呼ぶことがないままの輸入代用)への言及、国有企業私有化への反対、そして社会計画の拡大や脆弱な集団(高齢者、年金生活者、若い母親、幼児のいる母親、障がい者、また慢性病患者など)への予算割り当て、と釣り合わせている。
それはまた、国家予算の7%、医療と教育の合計とほぼ同等を飲み込んでいる膨張した軍事予算にはいかなる言及も慎重に避けてきた。言語同断なこの状況は、1983年から2009年までのほぼ30年の戦争を通じてシンハラ民族主義国家により助長された国家安全保障イデオロギーを理由に、政治的に不可侵になっている。富と所得の再配分に対するNPPの言及は、その承認がかれらにとってまさに大いに大事である諸階級を不快にしないため、小声になっている。
まだ分かっていないことは、IMFが首尾一貫して力説してきたように、その債務の持続可能性評価は方法論的に完璧で、その計画は改善以上になるようにまで完全だとIMFが主張する時、新政府の姿勢が崩れることになるかどうかだ。
新政府は、IMF協定の拘束具の枠内で、その支出目標に求められる公的投資水準のための財政的な余地をこれからどのようにしてつくり出すのだろうか? それは、貯まった債務のより高い削減を得るために、また全体として到来する政府を制約しようと前政権が急いで行ったよりも良好な取引を得るために、二国間や商業的な債権者との先頃締めくくられた(しかし決着していない)交渉を再開するのだろうか?
その優先性は危機と緊縮の諸行為によってもっとも厳しく打撃を受けた人々の生活水準を守ること、そして多数の利益になる方法で経済を成長させることだと、つまりその優先度はIMFのプライマリー財政黒字や債務の対GDP比率、さらに2027年後に再開することになっている二国間や商業的な債務の返済を上回ると、NPPはIMFにこう語るのだろうか?
曖昧さ残るマイノリティ問題
民族的緊張は、退廃的なエリート、および民族性や信仰を基礎とした分断に種をまいたかれらのシステムに反対して、「人民」の集団的アイデンティティを表現するための意識的な努力があった2022年の蜂起以来、少なくなっている。2024年の選挙キャンペーンは、もっとも平和的だっただけではなく、そこでは民族的緊張や宗教的緊張に指導的な候補者によって油を注がれることはなかった、ということも観察された。
NPPはレイシストではなく、そのメンバー内部に、また指導部内に民族的マイノリティ――北東部出身のタミール、高地(スリランカ中央部の山地:訳者)タミール、ムスリム(スリランカでは民族―宗教の独自性)――を含んでいる(大きな数ではないとしても)。
NPPは、紛争で苦しんだ北部と東部のタミールの急を要する懸念を特定しているが、多くの約束は曖昧で期限を切るものではない。そこで特定された懸念はたとえば、反テロ立法の廃止、政治犯の解放、行方不明者の家族に対する真理と正義、国家諸機関による土地強奪、公用語法の実効的な実施を通したタミール語話者のための公共サービス利用、より大きな自治のための州評議会再活性化、土地、公衆衛生、また教育を求める高地タミールの社会的・経済的懸念などだ。
JVP―NPPは、退役軍事要員と仏教僧の支持を得ようとしてきた。そしてかれらをその支持者として組織してきた。これら両者のグループは、国家の安全保障部隊を戦争犯罪で捜査すること、またそれに説明責任を求めることに、さらに連邦主義の方向での統一国家再構成にも、断固として反対している。新大統領は選挙前の集会で、キリスト教徒、ヒンドゥー教徒、ムスリムの信仰する権利は国家によって保護されるだろうとかれらを安心させつつも、現憲法で仏教に与えられている最先頭の地位(法的に有効な国教に近い)は非常に神聖、と強調した。
新大統領は、権威主義的な大統領職制度を排する、また民族的マイノリティが居住する領域を含む地域により大きな権限を委ねるような、新たなかつ民主的な憲法を約束している。しかしながら、僅か2、3週後になる総選挙で彼が議会過半数を確保しなければ、あるいは他の政党からの連携相手を見つけなければ、彼は先の分野で決定的に動くための数を欠くのだ。
彼の党―連合と彼は、かれらの主要な選挙基盤が独立以来シンハラ至上主義に浸されていることを痛切に気づいている。この選挙民は、民族的マイノリティにより大きな権利と国家権力のより大きな割り当てを与えると理解される憲法作成に、最良でも関心がなく、最悪な場合は敵意をもっている。
2022年の民衆蜂起は、2024年大統領選挙結果の中に反響している。スリランカにおける進歩的な変化への展望は、次の2、3ヵ月の政治的なまた社会的なエネルギーに、特に勤労民衆の闘争と組織の、沈滞からの目覚めにかかっている。
▼筆者は、コロンボのCADTM(不正統債務取消委員会)南アジアのメンバー。(「インターナショナルビューポイント」2024年9月30日)
週刊かけはし
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社