アサド体制の崩壊

シリアはどこに向かうのか?
シリア人の難民の権利はまだまだ不可欠だ

ジルベール・アシュカル

 12月6日以来展開した驚くような歴史的できごとを見守る中で心に浮かんだ最初のことは、アサド一族の体制下でシリアが落ち込んだ残骸社会の地獄から解放されようとしている拘留者たちのイメージに際する安堵と喜びだった。われわれの感情もまた、事実上の亡命から突然戻ることができるシリア人家族を見る大喜びで圧倒された。その帰還は、何年も前から逃げることを強要された町や家を訪れるためで、シリア内の別の地域からか、ヨルダンやレバノンやトルコからかで変わりがない。これに加え、シリアを囲む国々の、また欧州の数百万人に上る難民の夢、一時の訪問だけだとしても故国に戻るという夢、2、3日前には不可能に見えたこの夢が達成可能に見え始めた、ということがある。
 今、アラビア語の格言のように、意気揚々後の沈思黙考の時が来ている。将来が抱えるかもしれないものを見通そうと試みるために、これまでに起きたことについて熟考しよう。

陣営論者の誤りを示す実例


 先ず何よりも、憎むべきアサド体制を支持し、それがシリア民衆の意志の代表者と、またそれに反対する者すべては、地域であろうが世界であろうがどこか外国の大国を代理する傭兵以外のものではない、と主張した者たちを指し示すのは価値がある。
 そしてこの者たちは、半世紀の間それ自身の土地に対するシオニストの占領に立ち向かって指一本動かしたことがなく、PLOとレバノン国民運動の連合部隊を抑圧するために、またレバノン人キリスト教宗派主義右翼の諸部隊を救い出すために1976年レバノンに介入した、さらに1990年に米国とサウジ王国が率いた対イラク戦争の陣営に加わった、そうしたこの体制が「抵抗の枢軸」の脈打つ心臓だ、とも主張したのだった。かれらに指し示す価値があるのは次のことだ。つまり憎むべきアサド体制は、シリア領土あちこちの5つの占領のうち、ふたつの外国占領のおかげでのみ存在し続けていた、と現実が決定的に証明した、ということだ。
 真実は次のことだ。つまりアサド体制の存続は、2013年に始まった、特にレバノンのヒズボラを通じたイランの介入がなかったとすれば、また2015年に始まったロシアの介入がなかったとしたら、さらにまた、イスラエル空軍に対し使用されるかもしれないとの怖れから、シリア反体制派がどんな種類の対空兵器を受け取ることも妨げた米国の拒否権行使がなかったとすれば、これら3つの要素がなかったとすれば、この体制は10年以上前に倒れていただろう、ということだ。それはイランの救援にもかかわらず、2013年に、また2015年に再び奈落の瀬戸際にあったからだ。この体制は、外部からの支援が枯渇するや否や、以前は操り糸を握っていた大国に見捨てられたあらゆる「傀儡政権」同様崩壊した。これが簡明な事実なのだ。そのような崩壊の最後の目立った事例は、米軍が2021年に支えるのを放棄した後に、タリバンの前進を前にカブールの傀儡政権に起きたことだった。
 こうして、対ウクライナ侵略の泥沼にはまり込んでいるおかげでロシアがシリアからその部隊のほとんどを引きあげた(イスラエルの情報源によれば、モスクワはシリアにわずか15機の軍用機しか残さなかった)後、またレバノンのヒズボラが大敗北を喫した後、そしてこれらの組になった事実を前に、アレッポ市を始めに、HTS(シャーム解放機構)が体制とその連携勢力の支配下にある領域への攻撃を発動するために生み出された好機をつかんだ時、シリアの傀儡政権はアフガンのその同類同様崩壊した。
 ちなみにヒズボラが喫した敗北について、ヒズボラの新書記長は必死に「2006年に達成された勝利をしのぐ偉大な勝利……」と描こうとした。そしてその敗北は、イランに対するイスラエルの攻撃エスカレーションという見通し、およびトランプのホワイトハウス帰還後米国がそれに加わるかもしれないという可能性、これらを恐れてイランが慎重なアプローチを続行する中で、イランが今回シリアの同盟者を救い出すのを妨げた。

HTSはタリバンより弱体

 とはいえ、アフガンとシリアの事例間の大きな違いは、タリバンがその国の支配を完遂した時の状態よりHTSがはるかに弱体だ、ということだ。アサド一家の体制の部隊は、強力な敵に対する恐れからではなく、もはやかれらには体制を守る動機が何もなかったがゆえに崩壊した。アサド一家のアラウィ派(アサド一族が属する)の利己的利用を通した宗派的基盤の上に構築された軍にはもはや、特に兵士の所得の購買力暴落に導いた生活条件の崩壊に照らして、国土全体にわたるアサド一家の支配のために戦う動機はなかったのだ。
 兵士の俸給を50%引き上げるという体制のみじめな最後の試みも、何も変えることができなかった。結果として、シリアの現在の情勢はタリバン勝利後のアフガニスタンのそれとは大きく違っている。HTSはシリア領土のいくつかを支配しているにすぎず、その支配もその部分内で、特に首都のダマスカスを囲む地域で脆弱だ。そして後者では、HTSがそこに達する前に体制が崩壊し、「南部作戦室」の諸部隊によって先を越された。
 シリアは今、異質な、敵対的でさえある諸部隊の下で数地域に分割されている。第1に、イスラエルが占領するゴラン高原があり、そこではシオニスト国家が、それが占領し1981年に公式に併合した領域をシリア政権が支配する領域から分離する緩衝圏へと拡大する好機をつかんでいる。その間にイスラエル空軍は、消滅した体制の鍵になる軍事能力のいくつかを、シリアを引き継ぐ者が誰になろうとその押収を妨げようと破壊し始めている。
 また、北部と中央部にはHTSが今支配している広大な地域もある。しかし、この支配の程度は概して、特にアラウィ山を含む沿岸部では、高度に問題になる。次いで、北部国境には「シリア国民軍」(むしろ「トルコ系シリア人軍」と呼ばれてよい)の配置を伴ったトルコが占領する2つの地域がある。さらに、米軍の保護下でいくつかのアラブ人部族(HTSはそれらを確実にかれらの側に引き入れようとするだろう)と連携したクルド運動が支配するシリア民主部隊が支配下に置く、ユーフラテス川東部の北東部には相当な領域がある。またユーフラテス川の南部と西部の大きな地域は米国に結びついてもいるシリア自由軍の支配下にあり、ヨルダンとイラクとの国境に近いシリア領内のアルタンフ米軍基地周辺に集中している。そして最後に南部地域だ。そこでは、そのいくつかがロシアの保護下にあったものの、アサド政権に反乱を起こしたダラア地域の諸勢力が、またスワイダ地域での民衆運動から登場した諸勢力が「南部作戦室」形成のために結集した。そしてそれは、民衆的な民主運動にもっとも密接に結びついたシリアのアラブ人武装分派だ。

HTSによる民衆統合は不可能


 今、ものごとはここからどこに向かう可能性があるのだろうか? 最初に見て取れることは、われわれがクルド運動を脇に置き、自身をアラブ人諸分派に限定するとしても、これら分派すべてが単一の権威にしたがうことに合意する可能性はほとんどない、ということだ。HTSとの長きにわたる関係を保持しているトルコでさえ、そしてそれなしには、HTSはシリア北西部のイドリブで持ちこたえることもできなかったと思われるが、クルド運動を根絶やしにするというその目標を達成しない限り、その占領とその傀儡を放棄しないだろう。
 第2に見て取れることは、HTSとアハマド・アルシャラア、別名、アルジャウラニの、サラフィストのジハーディストから非宗派的民主主義への転換を期待し、それを信じた者たちが、思い違いをしていたと実感しはじめている、ということだ。真実は、HTSがその表面の色を変え、ある種民主的で非宗派的な未来に道を開くふりをしていなかったとすれば、それが崩壊した体制の諸部隊の場に広がることはできていなかっただろう、ということだ。
 そうでなければ、ホムスからダマスカスまでの現地勢力は、消滅した体制の一部の下にであろうが、そこから解放された後であろうが、HTSに猛烈に抵抗していたと思われる。
 今や、イドリブ地域を支配した「救済政府」を新シリア政府に変えたと主張するアルジュラニの性急さは、彼に連立政府の呼びかけを期待した者たちの希望を砕き、人々の心にとどめられなければならないひとつの事実を照らし出している。それは、イドリブ地域の住民自身がわずか8ヵ月前、アルジャウラニ打倒、彼の抑圧的な機構の解体、また彼の刑務所にいる拘留者の解放を求めてHTS独裁反対のデモを決行したという事実だ。
 最後に、また些細でもないが、独裁者の転落をめぐる喜びがわれわれに、次のことを見落とさせてはならない。それは、シリア人に難民適用を考えることを止めるようなさまざまな欧州政府の性急さであり、さまざまな政府、特にレバノン、トルコ、またいくつかのEU諸国が、アサド体制の終焉を口実にして、シリア人難民の排除や強制的なシリア帰還を考えはじめていることだ。
 シリアは54年前(ハフェズ・アルアサドによる1970年のクーデターから)に始まり、また13年前(2011年の民衆的高揚後)に悲劇的に悪化した長期の歴史的な苦しい体験からまだ浮き上がっていない。すべての諸国はシリア人に与えられた難民の権利を尊重し続けなければならず、それを求めるシリア人にそれを与えることをよく考え続けなければならない。(「インターナショナルビューポイント」2024年12月11日)

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