アイルランド 左翼にとっての歴史的勝利(上)
左翼共同の候補が新大統領に
民衆の多数が左翼の価値を支持
ポール・マーフィー
保守的なカトリックの影響力が強く残ってきたアイルランドで、圧倒的な支持を受けて左翼の大統領が誕生した。以下は、それがどのような民衆の要求と動きから起きたのか、また現下におけるその重要な政治的意味を、現地から伝えている。(「かけはし」編集部)
アイルランド大統領選におけるキャサリン・コノリーのめざましい勝利は、分岐点的画期だ。左翼が全国選挙で過半数の票を勝ち取ったのは初めてなのだ。これはまた僅差の勝利ではなく、彼女は、歴史上のあらゆる大統領選で最高の得票率と最大得票を得た。
既成エリートの猛攻をはね返し
政治とメディアの既成エリートが組になった諸勢力は、彼女のキャンペーンを支える勢いを止めようと、かれらができたあらゆるものを彼女に投げつけた。イヴァン・ヤテス(注)が示すように、「彼女を汚してぶちのめせ」が使われた戦略だった。彼女のシリアへの旅、銃犯罪で有罪宣告されたひとりの共和派を雇用したこと、また法廷弁護士としての彼女の前職が、すべて際限なく細かいところまで調べられ、入念に選り分けられた。
中傷の過半を貫く赤い糸は、中立の擁護、およびNATOとのどんどん深まる公然とした連携に対する反対という彼女の姿勢の点で、彼女が政治とメディアの既成エリートと接点がないという事実だった。フィネ・ゲール(統一アイルランド党)のヘザー・ハムフリーズは、彼女が「われわれの同盟者」と呼ぶ者、およびジェノサイドに対する彼らの武器供与への批判をあからさまに拒絶した。その一方キャサリン・コノリーは、ほとんどの政治コメンテイターの怖れになるほど、イスラエルの戦争犯罪に対する米国の資金供与、そしてEU内の再軍備に向けた猛烈な動きを公然と批判した。
しかし、全左翼政党と底辺からの運動に後押しされた彼女のキャンペーンは、次々と続く世論調査で支持を獲得し続け、既成エリートの候補者を手際よく撃退していった。
有力既成政党の社会的基盤劣化
既成エリート諸政党に打撃を与えた諸々の惨事を指し示すことで、彼女の勝利の程度を最小化しようとのもくろみがこれから出てくるだろう。それらの惨事には、フィネ・ゲールのむしろ好まれた候補者のマイリード・マクギネスが病気のため下りたこと、またフィナ・フォイル(共和党)の候補者中間選定会の劇的な撤回から、ヘザー・ハムフリーズのメディアでの出来映えに説得力がなかったことまでが含まれる。
しかしこれらの惨事もほとんどは、フィナ・フォイルとフィネ・ゲールの下降を続ける社会的基盤の表現だったのだ。この国で歴史的に最大政党であったフィナ・フォイルは、その隊列の中でひとりの候補者も見つけ出すことができなかった。
そして指導部は、腐敗した前首相のバーティ・アハーンが指名されるのを阻止するために、ひとりの有名人候補者と共に進まざるを得ないと感じた。この事実自体が示唆的だ。実際ジム・ギャヴィン(当初の候補者だったが撤退:訳者)が地代からカネをむしり取る地主であるというスキャンダルにより外されたことは、フィナ・フォイルにとっての詩的な公正さだった。
同様に、ヘザー・ハムフリーズが見たように貧弱な候補者だと分かったという事実は、フィネ・ゲールが民衆多数とどれほど深刻に切れているかを例証している。かれらは、ハムフリーズが現実的なやり方をもつ人気のある人物であると分かるだろうと確信していた。現実には彼女は、簡単な要約以上に踏み込むどんな質問にも不愉快に見えた。ひとりの閣僚としての彼女の以前の立場にもかかわらず、はるかに挑戦的な質問に向き合ったことは全くなかったのだ。
フィネ・ゲールにとって、マイリード・マクギネスがもっとよい候補者だったのだろうか? しかしその場合、論争はもっとEUの路線に、またイスラエル支持のEU委員会委員長、ウルスラ・フォンデアレイエンと彼女の近い関係に焦点が当たったと思われ、多数は依然コノリーの側にいる。
勝利の理由―左翼の価値に同意
われわれは主流のジャーナリストたちが大きいしくじりを犯したことを忘れてはならない。かれらはわれわれに、コノリーを支持して運動が急速に発展中なのに、今回の大統領選がどれほど「低調」で「熱気がないか」をせっせと何度も何度も告げていた。真の政治はレンスター・ハウス(アイルランド議会はその中にある:訳者)の4辺の壁の内部でのみ行われると考える者たちにとって、今回はうんざりするようなキャンペーンだった。
しかし外の生身の世界では、キャサリンが目抜き通りでの資金集めイベントに参加することに若者たち1500人の興味をかき立ていた。そしてその参加券は1時間も経たずに売り切れ、国中の集会や会合はあらゆる場合に満杯だった。
彼女は、フィナ・フォイルやフィネ・ゲールの価値よりもむしろ彼女の価値、左翼の価値に民衆多数が同意見であるがゆえに勝利した。このもっとも基本的で単純な結論を避けるために、今から多くのインクが使われるだろう。
しかし大きな多数派は中立を支持し、住宅の権利を支持し、もっと平等で公正な社会を切望している。かれらは、ガザでのジェノサイドに恐怖を覚え、パレスチナ人の自由に関し曖昧でない大統領を強く望んでいる。彼女が「新たな共和国」と呼んだものを建設するために奮闘する運動という彼女のメッセージは、深く響き渡った。
若者たちはキャンペーンのエネルギーかつ生命力だった。レッド・Cの最終世論調査で彼女の支持率は、18―34歳の中でハムフリーズの17%に対し57%だった。彼女は35―54歳で49%を確保、55歳以上でも43%だった。アイリッシュタイムスは初めて投票する35人にインタビューしたが、29人はコノリーに票を投じ、5人は無効票、ハムフリーズへの投票はひとりだけだった!
彼女はまた、男性よりも女性の中でより高い支持を得、それは現場で明確だった。キャンペーンの中で多くは、中絶の権利を求めた廃止キャンペーン(アイルランドで続いてきた禁止法令に対し:訳者)――推進力としての若い女性による――との類似について語った。若者たちは、保守的な政党を拒絶し、希望とひとつのオルタナティブを差し出した者に票を投じた。
中傷キャンペーンは結局効果がなく、一定数の理由から最終的にはフィネ・ゲールに逆効果になった。ひとつは、攻撃に直面してもコノリーが決して揺るがなかったことだ。彼女は、1ミリも譲らず、彼女のEU再軍備批判に対しても、受刑者の雇用に対しても謝罪など一切しなかった。彼女の率直さは彼女に不利に働くだろうとの意見は、われわれの現在の大いに好かれた大統領、マイケル・D・ヒギンズもまた米国の帝国主義と政府の政策に対する批判者だということを考えれば、まったく道理に合わなかった。
大統領の性格自体もまた、左翼にもっと有利な環境を作り出した。大統領に実体的権力がないということが意味することは、ものすごい経済的含みの怖れを確実につくる力をもつ既成エリートと切り離して、人々はかれらが切望する進歩的な価値に自由に投票した、ということだ。
キャサリンの個人的な資質もまた、キャンペーンでは前面に出た。「本物」は、多くの普通の人々が彼女を表すために使った言葉だった。こどもと大人と同じように楽しむ彼女のビデオ映像すべては、人々が彼女を非常に魅力的と見出すほど、ひとつの人間的な側面を明らかにした。
キャサリンが今回のような大差で勝利したもうひとつの理由は、運動が彼女を軸にエネルギーを与えられた、ということだ。このようなやり方でひとつの運動になった大統領選キャンペーンは、近年の歴史では全く前例がない。マイケル・D・ヒギンズは力のある大統領であることを示したものの、彼の2018年キャンペーンは実際上フィナ・フォイルとフィネ・ゲールから支えられ、他方2011年では、最終討論後の対立候補に対する支持崩壊の結果として勝利した。もっとも近いものは、労働党、労働者党、そして緑の党の連合が支援した1990年におけるメアリー・ロビンソンの勝利だ。
今回は、政党の左翼と無所属の左翼の有能な活動家が組織した反乱的で反政府的なキャンペーンだった。1万5千人以上――その圧倒的多数はどんな政党のメンバーでもなかった――は自発的だった。かれらの半分以上がキャンペーンに寄付し、あるいは活動するようになった。気の利いたデジタル組織化やソーシャルメディアのメッセージ送付と組になったこのエネルギーは、コノリー・キャンペーンが集会や有権者との討論に際し、フィネ・ゲールのキャンペーンよりもはるかに効果があった、ということを意味した。あらゆる選挙区で、大統領選挙の場合何十年も見たことがないようなレベルで、相当な量の組織的戸別訪問があった。
極右による無効票投票運動
極右は、TD(アイルランドの下院:訳者)議員から十分な指名を、あるいは投票用紙に記載する上院議員を得ることが僅かにできなかった超保守的なカトリック右翼と共に、精力的に「票を無効に」キャンペーンを展開した。これもまたアイルランドの政治では初のことだ。
無効としてかれらが得た12%以上は、もうひとつの警告――極右は労働者階級のコミュニティ内に影響力とかぎ爪を保持している――だ。それでも、より切羽詰まった労働者階級地域での戸別訪問の経験は、これが負け戦ではなく、取りかかるべき戦いであることを示した。かれらの投票用紙を無効にすることを考えた者たちのほとんどは、もっとも良い抗議は政治の既成エリートを打ち負かすこと、と説得されることに頑なではなかった。生活費危機のような問題で人々を行動に動員しようとすること、またコミュニティの深い組織化がこれから、これらのコミュニティを極右に渡さないためには基本になるだろう。
極右は投票箱に直接存在はしていなかった。しかしかれらの台頭とレイシスト的攻撃や反動的感情の増加は、疑いなく今回のキャンペーンにおけるひとつの要素だった。多くはコノリー支持を正しくも、フィネ・ゲール、フィナ・フォイル両者共が傾いてきた右翼に向かう政治の変化に反対するひとつの方法と見た。彼女の勝利は、極右台頭に対する対抗潮流の一部だ。
コノリーはまた、ゲールタハト(主にアイルランド語が使用される地域:訳者)への投資とアイルランド語支持を求める長期の運動でも際立っていた。彼女が40代に入ってアイルランド語を流暢に話すのを学んだということは、言語とゲールタハトのコミュニティへの彼女の注力を目立たせた。
したがってわれわれは彼女のキャンペーンを、ニーキャップ(ラップグループ、本紙9月22日号5面記事参照:訳者)や他のアーティストの人気に見られるような、アイルランド語の新たな再興の一部と見なければならない。これは、われわれの反植民地主義の歴史に関連づけ、また三色旗を誤用する極右の狭量な白人民族主義への反対として、今日アイルランド人であることが何であるかという進歩的なアイデンティティを形成する一部にほかならない。 (つづく)
社会主義的左翼の要的な役割
社会主義的左翼、特に「利益より人民」(PBP)と無所属左翼の活動家はコノリーキャンペーンの決定的な部分だった。全国的に中心的役割を果たしている要的活動家の多くは、以前にうまくいった左翼主導のキャンペーンの経験者だった。
大統領という地位の限界にもかかわらず自らをこのキャンペーンに投じるというPBPの決定は、キャンペーンがもった躍動性、結果、さらに今開けている好機によって適切さが証明された。現場での活動レベルは長期のキャンペーンでは可能だったかもしれないものより低かったとはいえ、そうであってもそれは、能力を必要とする総選挙後の決定的な勝利を意味し、新しい好機に道を開いている。
PBPに以前は懐疑的だったかもしれない無所属活動家も、PBPが取った建設的で非セクト主義的姿勢を心にとどめている。かれらは、大衆的な多元的でエコ社会主義の党へとそれを建設する活動を共にするためにPBPに加わることを深く考えるに違いない。
キャンペーンへのPBP関与を批判しつつも、キャサリンに不承不承承認を与えた社会主義左翼の他の部分は、うまくいけば、起きたこと、またそこから彼らが離れていたことについてよく考えるだろう。
ある種の左右2極化が起き、そして左翼が勝利した。数千人の新たな活動家が初めて動員され、組織化の経験を身につけた。右翼に向けズルズル動いてきた勢いは左翼によって取り戻された。
コノリー陣営内の他の諸政党
コノリーキャンペーンはまた、彼女を支持した他の政党内部にも一定の動きをつくり出した。社会民主党は彼女の支持でははじめからPBPと共にあった。かれらは左翼内部にひとつの勢いをつくる助けになった。そしてそれが事実上、左翼労働党と緑の党に、コノリー支持かどんな候補者ももたないかの選択を残した。社会民主党のメンバーは地方レベルと全国レベルで熱気をもって活動した。
シン・フェイン(SF、北アイルランドをも含む独立派:訳者)はそれ自身の立候補を熟慮した後、相対的に遅れてキャンペーンの舞台に上がった。かれらは、将来の代わりになる首相としてマリー・ロウ・マクドナルド(SF党首:訳者)の人気を再び高める機会にそれを利用しつつも、建設的に活動し、中央と地方レベルでのキャンペーンに質を加えた。
これは、「協力する諸政党の独立性と自律性を尊重する進歩的左翼共和派ブロック」という戦略を実行する最初の真剣な試みだった。それは、前回総選挙後にSF全国議長のデクラン・ケアニーによって先ずもち出されたものだ。
それはあらゆる基準によろうとも、キャサリン・コノリーの勝利によってだけではなく、世論調査でのSF支持率5%急上昇によっても、ひとつの成功になった。他との協力がSF支持押し上げに効果があると分かった。SFメンバーと同指導部にとって要になる問題は、かれらが今フィネ・ゲールとフィナ・フォイルとの連携を除外するつもりになり、左翼政府に向けたキャンペーンに全エネルギーを投じるか否かだ。
労働党と緑の党の場合、コノリーのキャンペーンは2極化の進行だった。それは、それらのもっとも右翼的な部分を露出させその足場を切り崩した。労働党前指導者のアラン・ケリーは、キャサリン・コノリーへの反対とフィネ・ゲール支持を言明するためにメディアによってほぼ毎週呼び出された。メディアは、それが大衆的に形になることはなかったとはいえ、議会政党内部の幅広い心配を報じた。コノリーがまさに決定的に勝利したことで、今ケリーの立場は弱くなっている。
同じことが、キャサリン・コノリー支持に反対して前TDのブライアン・レディンが党を離れるという形で、緑の党で起きた。その反対はほとんど、戦争と帝国主義に対する彼女の反対が理由に見える。少数の他の者も彼の後を追い今党外にいる。
労働党と緑の党内での左翼共同に対する反対派の消失は、それらの指導部が望むならばこの協力をさらに追い求めることを容易にするはずだ。とはいえそこでの主要な障害は、労働党と緑の党が提案する進歩連合(圧倒的に社会民主党に向けられた)は今にいたるまで、フィナ・フォイルとフィネ・ゲールとの将来の連携においてこれらの政党に対する交渉のテコを最大化するためだった、ということだ。しかしそれは、コノリーキャンペーンに関わった者たちが今求めていることではないのだ。
次は何か?―左翼政府への挑戦
キャサリン・コノリーのキャンペーンに精力的に取り組んだ何千という人々、またそれを受動的に支持したもっと多くの場合、大きな問題は次は何か、だ。大統領職の獲得は、それに付随する非常に限定された権限を前提とした時、国を変えるに十分とは誰も信じていない。
キャサリン・コノリーは、大統領職の中でわれわれの価値を十分に代表するだろう。そして政治の既成エリートの側に刺さった棘であることを証明するだろう。疑いなく、マイケル・D・ヒギンズの下でまさに普通になったのだが、その役割の制限を踏み越える大統領について舌打ちするコメンテイターからのコラムが続くだろう。
しかし人々は、われわれに必要な変革を有効にするためには、われわれは大統領職よりもはるかに多くを勝ち取る必要がある、と理解している。大きな教訓は、左翼が統一し人々の動員を追求するなら勝利できる、ということだ。統一がもつ躍動力は自信を生み出すことができ、他の者を感動させて巻き込むことができる。左翼政府の問題があらためて益々中心舞台になっている。
しかしながら、次期総選挙にのみ焦点を絞るイニシアチブを強めるあらゆる試みは、エネルギーと活動志向が消散することに余地を与えることで失敗が運命づけられている。2020年から2024年に待機して責任ある政権の役割を果たしたことは、SFにとって悲惨だったと分かった。
エネルギーと穀類の価格に関する繰り返された高騰の影響下で今苦しんでいる人々は、待つことなどできない。パレスチナ、およびわれわれの中立の擁護に向け意味のある行動を求めている人々も待てない。
労組と社会運動と共に共同のイニシアチブが組織されなければならない――トリプル・ロック(長年観光客を魅了したダブリン近くの丘陵地帯:訳者)を守るために、クリスマスまでに被占領領域法(パレスチナ被占領地域内に設置された入植地との貿易を禁じる法:訳者)の完全実施を求めるために、価格統制を通して生活費危機を終わらせ、暴利稼ぎを終わらせるために、意味のある家賃統制と公共住宅建設と並んで追い出し禁止を実行するために――。
しかしながら、防衛的な闘争だけでは不十分だ。われわれは、国家の歴史上初めての左翼政府という可能性に向け人々の目標を高める必要がある。PBPは他の政党と諸個人に、次期総選挙での明瞭な選択肢――フィナ・フォイルとフィネ・ゲールそしてそれらを支える者たち、そしてそれに対抗する左翼政府――提案に対するひとつの観点に関し左翼の共同をどのように深めることが可能か討論するために、新年に大規模な評議会組織化を提案中だ。
このすべては、社会主義左翼にこみ入った問題を提起する。われわれの理解では、利潤が優越する資本主義システムは人々が求めかつ必要なもの――住宅や健全な暮らしへの権利、戦争や抑圧のない世界、子どもたちにとっての持続可能で暮らせる未来への権利――を単純に届けることはできない。したがってわれわれは、力をもつ資本家階級の反対に打ち勝ち、エコ社会主義的変革を届けるために底辺からの決起から構成される人民権力の戦略に専心する政権にのみ入るだろう。
それは、コノリーを支持する他の主要政党の綱領とはかけ離れている。われわれはそうであっても、フィナ・フォイルとフィネ・ゲールの支配を終わらせることを自らも強く願っている。われわれは、われわれが唱えたいエコ社会主義よりはるかに弱い綱領に基づくものであっても、左翼政府を強く願っている。われわれは、この政府と資本主義を改良するアプローチが大衆の前でテスとされることを欲している。
したがってわれわれは、ありそうな綱領の非常に重要な限界にもかかわらず、この政府形成を可能とする投票への約束を含んで、左翼政府に向けたこの動きに参加することにためらいはない。われわれにとっての鍵になる条件は、われわれ自身のエコ社会主義の立場を押し出し、底辺からの人民の力を動員するために諸コミュニティとわれわれの結びつきを強化し続けるという、そのような独立性に対するわれわれの権利を確保することだ。
かなりの数の人々は今、フィナ・フォイルとフィネ・ゲールを取り除き、左翼政府の選出に向け活動するために、コノリーキャンペーン後の歩みに乗り出そうと切望している。われわれはまさにそこで、1897年にジェイムス・コノリー(アイルランドで最初の社会主義政党を創建:訳者)が提唱した主張に人々を勝ち取る好機としてそれを利用しつつ、かれらと並んで、組織化し共に歩んでいなければならない。その主張こそ、「みなさんが明日英軍を取り除き、ダブリン城に緑の旗を掲げるとしても、みなさんが社会主義共和国の組織化を始めない限り、みなさんの労苦は無駄になるだろう」だった
真に新しい共和国を勝ち取るためには、政府を取り替えるだけでは、新憲法を起草するだけでも十分ではないだろう。勤労民衆と被抑圧民衆が権力を握る社会主義共和国が必要なのだ。(2025年10月25日)
▼筆者はアイルランドのRISE(PBP内の民主的社会主義政治組織:訳者)のメンバー。彼は、2019年にアイルランド議会に再選された(初当選は2014年)。以前は、社会党を代表するEU議会議員(2011―2014年)。
(注)前フィネ・ゲール議員で現在は政治コメンテイター。(「インターナショナルビューポイント」2025年10月25日)
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