「百万本のバラ」とジョージア

コラム「架橋」  2月23日午前中にNHKBSで「“百万本のバラ”はどこから そしてどこへ~加藤登紀子 ジョージアへの旅」が放映された。ロシアのウクライナ侵略から2年。いま、「“百万本のバラ”はロシアの歌だから歌えない」 […]

わが良き友たち

コラム「架橋」  再就職で現在の職場に来てから丸3年が過ぎようとしている。42年間勤めた技能的な前職から、私は迷うことなく抜け出す道を選んだ。65歳までの雇用延長で定年後に残ったのは、課長以上の元管理職ばかり。つまりその […]

慌ただしい年末年始の事件

コラム「架橋」  昨年の暮れ、御用納めの28日朝8時半ごろのことである。さて、そろそろシャワーを浴びて事務所へ行こうかとしているとき、何やらきな臭い匂いがベランダから漂ってきた。はて、何かと思いパンツ一丁でベランダから外 […]

税、金納制の苛酷

コラム「架橋」  私は23年11月18日号の「架橋」欄に、島崎藤村の「夜明け前」を借りて、明治維新政府がもたらした木曽谷の人々の過酷な運命について記した。しかし、過酷な運命に陥ったのは、木曽の山人だけではない。一部の富農 […]

都会の四季

コラム「架橋」  1月10日朝、窓から富士山の見える西側のカーテンを開けると小学校の子どもたちは白い帽子を被り元気に登校している。今日から3学期が始まったみたい。 話は変わるが「東京には季節がない」という人が多いとテレビ […]

「万博中止、すべてを能登復興へ」

コラム「架橋」  自民党各派閥の政治資金パーティー収入の虚偽記載問題。「政治刷新本部」という仰々しい名前をみて「ああ~!いつもの手法ですね」と誰もが思う。自民党議員がやってきたのは首謀者がいない詐欺事件…つまり連綿と続い […]

叔母の入院

コラム「架橋」  「あんたはどうして毎晩部屋で警察とケンカしているのか」「今日はどこでデモがあるのか」・・・こんなことを叔母が頻繁に口にし出したのは昨年の年末からだった。しかし、これには全く根拠がないわけではない。 昨年 […]

不具合のエレベーターそして柳川さんの生き方

コラム「架橋」  12月27日朝4時40分、西大島駅のエレベーターに閉じ込められた。改札口に向かったエレベーターが下まで降りたが開かずに戻ってしまった。それも10分ぐらいかかった。たまたま、中年女性と2人。この人は前に一 […]

『ゴジラ - 1・0』

コラム「架橋」  2024年が明けた。「今年も小欄をよろしく」などと呑気に挨拶している情勢でもない。1日の能登半島地震、2日の羽田空港での衝突事故。ウクライナ戦争、パレスチナ大虐殺。支持率の最低記録を更新し続ける首相岸田 […]

子どもの貧困

コラム「架橋」  「子どもの貧困」は言うなれば「親の貧困」だと言い切れる。統計によれば、世界の6人にひとりが極度の貧困状態、飢餓、非衛生の中に置かれている。それは、教育、健康状態、住居と生活全てに及んでおり、両親もまた就 […]

藤村「夜明け前」を読む

コラム「架橋 【革命未だならず】 「夜明け前」冒頭の「木曽路はすべて山の中である」は、あまりにも有名な一節である。この文がいかに優れたキャッチコピーであるかは、現在でも木曽路を紹介するテレビ番組等で必ずと言っていいほど引 […]

「父が歩んだ道は」

コラム「架橋  年齢を重ねるにつけ他界した父を想いだす。断片的な記憶を繋いでみても埋まらない空白。福島県飯舘村明治42年(1909年)生れ。尋常高等小学校をでて山を下りた、と言うことは聞いている。移動手段が「馬車」「徒歩 […]